第4話 ワシびしょ濡れになる
制服の少女は、恥ずかしそうに目を伏せて口を開いた。
「じ、実は……わたし、学園では落ちこぼれで……。
魔法も、いつも全然出来なくて……」
ふむふむ、と頷きながら聞くワシ。
(いや、ワシに言われてもな……
ワシも同じ穴の狢なんじゃが……)
だがここで「同情」だけしても仕方ない。
せっかくなら――
いや、ただの興味本位で――試してみたくなった。
「ふむ……じゃあ、ちと見せてみい。お主の魔法を」
「は、はいっ」
少女は緊張気味に両手を前に差し出し、深呼吸する。
少女の魔法
「ちょっと試しに見せてみい」
促すと、少女はおずおずと杖を握り、詠唱を始めた。
「――水よ、器に満ちろ……!」
てろ……ぽとん。
水滴が一粒、杖の先から落ちた。
「……これが、精一杯なんです」
おっさんの挑戦
ワシは胸を張る。
(ふふん。昨日な、ワシも水を出すことに成功したんじゃぞ)
「本気を出すと、この辺り一帯が池になるからの。
今からやるのは“十分の一”に抑えておる」
(これで失敗しても“抑えた”で言い逃れできる!
完璧じゃ!)
ワシは声を張り上げた。
「――“さらさら流れよ小川のせせらぎ~♪
のどを潤し、腹を鳴らし、
乾ききったおっさんの喉に、
ちょっぴりだけ恵みをくれ~~♪”」
ちょろちょろちょろ……。
「ほ、ほれ見い! 小川じゃ、小川じゃぞ!」
(内心:あ、危なっ……昨日と変わらん!
でも出たからセーフ!)
少女への指導
「……さあ、やってみなさい」
ワシは腕を組み、いかにも“師匠”らしく頷いてみせた。
少女は真剣にうなずき、
ワシの詩を一言一句そのまま口にした。
「――“さらさら流れよ小川のせせらぎ~♪”」
……沈黙。
杖の先からは何も起こらない。
「……で、出ません」
肩を落とした少女は、
今にも泣き出しそうな顔でつぶやいた。
「やっぱり私には……無理なんですね……」
(や、やばい!
このままでは“師匠”コースがおじゃんじゃ!
弟子第一号が脱落してしまう!)
ワシは慌てて咳払いし、胸を張った。
「ごほん。……魔法はの、イメージが大事なんじゃ。
詩を丸暗記するんじゃなく、自分の心で――
そう、“己の言葉”で呼ぶのじゃ」
(完全なるハッタリじゃが……
これで失敗しても“心がこもってなかった”で誤魔化せる!
完璧じゃ!)
少女はぱっと顔を上げた。
「……わかりました! 自分の言葉で!」
爆発的な成果
少女は杖を抱きしめるように胸の前で構え、目を閉じた。
深呼吸を一つ、二つ。
そして――
「――“あふれよ水! わたしの心を洗い流して!
落ちこぼれの涙をぬぐい去り、
すべてを包む優しい流れになって――!!”」
どばああああああああああああああっっ!!
大地が震え、地面から凄まじい勢いで水柱が噴き上がる!
あっという間に一帯が水浸しになり、
草原はまるで湖のように変わった。
「ぎゃあああああ!! 服がぁ!
ワシの布団がぁぁぁぁぁ!!」
必死に荷物を抱えて逃げ惑うワシ。
少女はびしょ濡れのまま、
きらきらと瞳を輝かせて振り返った。
「で、できた……! 私、できました!
師匠のおかげです!」
「い、いやワシはただちょっと……。
……こほん、当然じゃ」
胸を張って見せるワシだが、膝はがくがく震えている。
(内心:おおおおい、
なんかとんでもないことになっとるぞ!?
ワシがやったのの何百倍じゃこれ!!)
水びたしになったワシとリリア。
ワシは「ちべたっ……!
冷たすぎるわコレ!」
と震えながら、慌てて即席で風の詩を紡いだ。
「――“そよそよ風よ、ワシを撫でて~♪
びしょ濡れおっさんの髭を乾かし、
哀愁ただようズボンもぱりっと仕上げてくれい~~♪”」
ふわぁぁっと優しい風が吹き抜け、
二人の衣服がじんわり乾いていく。
「わぁ……!」リリアが目を輝かせた。
「すごい……! あったかい風……。
師匠、実は高名な魔法使いなのでは……?」
「い、いやいや、ワシはただの詩人じゃよ」
胸を張って答えつつ、内心は冷や汗。
(いやホントにただの詩人なんじゃが……!
ただの寒がりおっさんなんじゃがぁぁ!)
「またまたご謙遜を!
あっ、この魔法もぜひ教えてください!」
リリアがキラキラの目で一歩前に出てきた。
ワシは思わず一歩後ずさる。
(いやいやいやいや!
さっきの水みたいに竜巻クラスの風でも吹かされたら、
ワシの髪の毛ごと飛んでいくわ!)
「ま、またの機会にしとこうかのう……」
しれっと言い訳してやりすごす。
その瞬間――
ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ。
王宮の大広間にも響き渡りそうな音で、
ワシの腹の虫が盛大に鳴った。
「……あ」
「……あ」
二人して顔を見合わせ、沈黙。
次の瞬間、リリアはくすっと笑い、
ぱっと表情を明るくした。
「師匠! もしよかったら、私のうちでお食事を」
「……ぬ、ぬぅ……?」
ワシは一瞬ためらったが、すぐにうなずいた。
「う、うむ……ではお言葉に甘えて……」
(内心:……完全に流されとる!
でもまあ作戦的に成功?!)
こうしてワシは、健気な少女・リリアに連れられて、
彼女の家へ向かうことになった――。