第21話 ワシ初めての壁ドン
「はー……
リリアの水は効きすぎるんじゃ……全身びしょ濡れじゃわい」
(あー、ちべたい。風邪ひくわい。
年寄りの冷水じゃ……)
ワシはぶるぶると身を震わせ、服から滴る水をぬぐった。
「し、師匠すみません!
またやりすぎちゃって!」
リリアが慌てて駆け寄ってくる。
「まあよい、ここは――」
(ここで怒っても仕方ない。
むしろ師匠らしく乾かすハッタリを見せるチャンスじゃ)
ワシは胸を張り、びしょ濡れのスーザンの近くに立ち、
片手を掲げて詠唱を始めた。
「――“風よ、風よ、天翔ける風よ。
このびしょ濡れおっさんを救いたまえ〜。
衣を乾かし、頭皮もサラサラに〜。
異世界の美容室、今ここにオープンじゃ~~♪”」
(またおっさんって言うてもうた!
しかも“美容室”て!
ワシの生活感ダダ漏れじゃ!)
ぶわあああっ、と心地よい温風が渦を巻き、
わしとスーザンを包み込んだ。
滴っていた水がみるみる蒸発し、
肌にほんのりと温もりが戻ってくる。
「わああ……!
本当に乾いていく……!」
スーザンの目がぱぁっと輝いた。
「そ、それは……!」
エレナが両手を口元に当て、目を見開く。
「温める力と風を同時に……いわば混合魔法……!
わたしも魔導士の端くれ、
その難しさは身に染みてわかります……!」
「ほう?
そういうもんかの」
(混合魔法?
ただのドライヤーの温風じゃが……。
ワシ、知らん間にすごい事しとる扱いやな)
わしは涼しい顔をしつつ、内心では冷や汗をかいていた。
「至高の御技をかくも自然に……!
アサリーヌ様はまさに人の形をした奇跡……!」
エレナが瞳を潤ませ、両手を胸の前で組む。
「さすが師匠です!
師匠は奇跡そのものなんです!
だって師匠は、落ちこぼれも水浸しも全部救う……
究極の救世主ですから!」
(やめい! 救世主とか言うな!
ハードルがエベレストを超えてしまうわ!)
リリアがいつものように全力でよいしょしてくる。
「……!
わ、わたしも……!」
エレナは決心したように拳を握り、
真っ直ぐこちらを見つめた。
「わたしも師匠とお呼びして、弟子入りしても構いませんか!?」
「ええっ!?
エレナ先生まで!?」
リリアがびっくりして声を裏返す。
「だ、だめです!
エレナ先生は先生でいてください!
師匠の一番弟子は、わたしなんですから!」
(お、おぬしら……なんでそこで張り合うんじゃ……
ワシは弟子(という名の面倒事)を増やしたくないんじゃが!)
「……で、でも……!」
エレナがぐっと唇を噛んだその時――
「――待て!」
訓練場に突然響く、鋭い声。
ドンッ!!
「わっ!?
な、なんじゃこの近さ!」
(わわわっ!?
音もデカいし距離も近い!)
わしは壁際に追い詰められ、
肩越しにドンと腕を突き立てられていた。
整った顔立ちの男子が、
宝石みたいな瞳を輝かせ、
低く艶めく声で囁く。
「ミーにも、その秘術を分けていただこう」
「ひ、ひぃっ!?
壁ドン!?
ワシに!?
なんで!?」
(か、壁ドン!?
テレビでしか見たことないやつじゃ!
しかも美少女にイケメンが!?
なんで!?)
「えっと……彼は……」
リリアが引きつった笑みで説明する。
「エストラード。通称――ナルシストです」
「ナル……しすと……?」
(ナルシスト……Gクラス、属性が濃すぎんか?)
わしは圧の近さに冷や汗を流す。
「そう……ミーは常に輝く盾!
仲間を守りし、光のタンク!
そして誰よりも美しくあらねばならぬ宿命の星!」
エストラードは自分の胸を指差し、最後にキラリとウィンク。
「だからこそ!
ミーもその古代魔法を身に纏い、
さらに光り輝く存在になるのだ!」
「……いやいやいや!
お主、顔が近すぎるんじゃ!
ワシはそっちの趣味はないんじゃ!」
(顔が近い!
顔が!
美少女(中身おっさん)のパーソナルスペースを侵害するな!
ワシはノーマルじゃぞ!)
「おお……!
この距離!
この圧!
まさにソウル・トゥ・ソウルの共鳴……!」
(寄ってくる!
こいつ寄ってくるぞ!
ソウルとか共鳴とか知らんわ!)
エストラードは自分でポーズを決め、
酔ったように目を閉じ さらに顔を寄せてくる。
「師匠、耐えてくださいっ!」
「師匠、ファイトっす!」
リリアとセベス(ちゃっかり横で見ていた)がニヤニヤ応援する。
「お、おぬしら楽しんどらんか!?
ワシは今、壁とナルシストに挟まれておるんじゃぞ!!」
(助けんかい!
なんで弟子が傍観しとるんじゃ!
ワシはサンドイッチの具じゃないわい!)
「おお……!
この距離、この緊張感……
まさに新たなる師弟の絆が芽生える瞬間!」
エストラードが陶酔したようにさらに顔を近づける。
「いや芽生えんでよい!
近い近い近いわ!!」
(絆(物理)はいらん!
誰かこいつを剥がしてくれぇ!)
わしの悲鳴が訓練場に響き渡った。
その時、訓練場の入り口から、
甲高い絶叫が飛んできた。
「ちょぉぉぉぉっと待ったあああああっ!!!」
――こうして、落ちこぼれクラスの訓練場に
新たな混乱が持ち込まれるのであった。




