第19話 ワシ訓練場に行く
昼下がり。
エレナに連れられ、わしとリリア、
そしてGクラスの面々は学園の大訓練場へと足を運んだ。
「わあ……! 広い……!」
思わず感嘆の声をあげてしまう。
そこは石造りの円形闘技場のような巨大施設で、
分厚い結界壁に囲まれ、観覧席まで備わっておった。
すでにAからFまでのクラスが思い思いに魔法練習をしており、
氷の矢や炎の球、突風や水の刃が飛び交っている。
光と熱と轟音が交錯し、戦場さながらの迫力だ。
「うへぇ……見ろよ、Aクラスのやつら、
火球で岩を真っ二つにしてるぜ」
「Cクラスだって俺らより全然マシだよな……」
「うちなんて的に当たる気すらしねー」
Gクラスの生徒たちは口々にぼやき、すでに戦意喪失モード。
肩を落とす姿が痛々しい。
「はい、列になって! 遅れていますよ!」
エレナが必死に声を張るが、
生徒たちはだらだらと歩くだけで、まともに列など作らん。
(ふむ……やれやれ。教師が苦労するのも無理はないのぅ)
わしはリリアに小声で尋ねた。
「となりで練習しておるのは?」
「Cクラスです。……でも見ればわかりますよね。
それでも、わたしたちよりずっと上で……」
リリアは言葉を濁す。
確かに、Cクラスの魔法はAやBに比べれば威力も精度も劣っている。
氷の矢が的を外れたり、火球が途中でしぼんだりもする。
だが、少なくとも“形にはなっている”のだ。
ふと目をやると、
隅っこで一人の女子がぶつぶつ呟きながら魔法を撃っていた。
小さな火球がふらふらと飛び出し――
すぐに消える。まるで線香花火の最後の火玉のように。
「おいリリア、あの娘は?」
「あー……あれはスーザンです。通称“ストーカー”」
「ストーカー……?」
「なんかいつも挙動不審で……
人の後ろをつけ回したりするので。火魔法も、ほとんど不発で……」
横からエレナがため息まじりに補足する。
「スーザンは努力家なんです。
誰よりも練習するのに、なかなか形にならなくて……。
もしよければ先生、見てあげてもらえませんか?」
「ふむ……」
わしは顎に手を当てる。
(確かに火魔法なら、
“マントをちょっと温める”応用で導けそうな気もするが……。
下手にやらせて、リリアの時みたいに大惨事になったらどうする?
学園中火だるまになったら責任問題じゃぞ!)
わしが逡巡していると、リリアがすっと寄ってきて囁いた。
「師匠……ここは訓練場です。
魔法結界が張られていますから、外には影響しませんよ」
エレナも真剣にうなずく。
「はい、どんな高威力の魔法を放っても、
壁を越えることはありません。安心してください」
「……なるほど。ならば……試してみるのも一興かのう」
わしは小さく息を整えた。
生徒たちがざわつく。
「えー? マジで? “おっさん先生”が教えるのかよ」
「いや名前アサリーヌだから! って昨日も言ってた!」
「シーッ! 笑うな! 師匠をバカにするな!」
リリアが慌てて制止する。
わしは苦笑を浮かべつつ、スーザンの方へと歩み寄った。
スーザンはびくっと肩を震わせ、うつむいた。
「せ、先生……わたし、また失敗します。
みんなにも笑われて……それでも練習しなきゃって……」
「ふむ……」
わしは彼女の目線に合わせるように腰をかがめた。
「笑われるのは、悪いことではないぞ。
わしだって初日から“おっさん先生”呼ばわりじゃ。
ほれ、見ての通り、まだ生きておる」
スーザンが目を丸くした。
周りの生徒たちも「確かに」「草」と小声で笑う。
「だが――
諦めん心こそ、いちばんの才能じゃ。やってみるか?」
スーザンは小さく唇をかみ、そしてうなずいた。
「……お願いします」
(よし……まずは小さな火を、“温もり”から導いてやるのじゃ……)
わしはゆっくりと、あのダサ可愛い詠唱を口ずさもうと息を吸い込んだ――。