第17話 ワシ就職する
翌朝。
屋敷の玄関前には、立派すぎるほど立派な馬車が停まっておった。
磨き抜かれた黒塗りの車体には、
王立魔法学園の紋章が金色にきらりと輝いている。
御者台には、昨日ちらりと顔を見せた青年――
学園の使者サイラスが、背筋をぴんと伸ばして座っていた。
「お迎えに上がりました、“詩聖女”殿!」
「だれが聖女じゃあああ!」
ワシは慌てて否定するが、その横でリリアとセベスが、
まるで当たり前のように荷物を積み込んでおる。
「師匠、行きましょう!」
「そうっすよ師匠、ここまで来たらもう腹くくるしかないっす」
「いやいやいや! ワシはくくるほどの腹もないわ!」
抵抗するワシを、二人がかりでずるずると馬車へ押し込む。
そのまま馬車はガタゴトと街道を進み始めた。
窓から見える街並みには、もう人だかりができておる。
「きゃー! あれが聖女様の馬車よ!」
「ご利益を〜!」
「せめて空気だけでも吸わせてくれ!」
「やめぃぃ! ワシの乗った空気で信仰を立てるでない!」
ワシは顔を覆うが、セベスはニヤニヤ笑い、
リリアはうっとりと見守っておる。
(ぬぅ……この流れ、完全に抗えん……!)
やがて学園に到着した。
重厚な鉄の門が開くと、中庭にはすでに生徒たちが列を成して待っておった。
「見て! あの人が噂の……!」
「ほんとに美少女だ……」
「いや、ただの美少女じゃないぞ……オーラが違う……!」
(頼むから勝手に盛るなあああ! ワシはただの追放詩人じゃ!)
セベスはにやにや笑いながらワシを先導し、
リリアはこっそり袖を引いて囁く。
「胸を張ってください、師匠!」
「張る胸がどこにあるんじゃあああ!」
案内されたのは学園長室。
分厚い扉が重々しく開くと、白髪で立派な髭をたくわえた学園長が、
玉座のような椅子に座っておった。
「おお! よくぞお越しくださいました!」
学園長は立ち上がり、両手を広げる。
「あなたのご活躍はすでに耳にしております!
わが学園にとって大いなる光明となることでしょう!」
「は、はあ……そうですかのぅ……」
(どう考えてもワシは、ただ料理を美味しくしただけなんじゃが……)
だが、その隣に控えていた痩せぎすの教頭が、鋭い目でワシをにらんだ。
「学園長、早計ではありませんか。
この方の実力がどれほどのものか、我々はまだ目にしておりません」
「む……しかしだな……」
室内の空気がぴりりと張り詰める。
ワシは思わず後ずさるが、リリアが一歩前に出た。
「教頭先生!」
彼女は胸を張って言い放つ。
「私が証人です!」
「リリア?」
「師匠は本当にすごいんです!
劣等生と呼ばれていた私が、魔法を諦めずに済んだのは、
師匠のおかげなんです! 師匠は私を変えてくださいました!」
「や、やめてぇぇぇ! 美化しすぎじゃて!
ワシはただ、ちょこっと詩を唱えただけじゃああ!」
だが学園長はうんうんと満足げに頷き、
教頭は腕を組んでなお渋い顔を崩さぬ。
「ふむ……では、優秀なクラスを任せてみてはどうでしょう」
「いやいやいや! ワシはむしろ……」
思わず口を挟んでしまう。
「ワシの詩は、つまずいた者の心に響くのじゃ。
輝かしい連中よりも、むしろ落ちこぼれの方がよほど向いとる気がするのぅ」
沈黙。
学園長と教頭が顔を見合わせる。
するとリリアが勢いよく胸を張り、指を突き上げた。
「そうです!
師匠こそ落ちこぼれの味方です! 落ちこぼれの星です!」
「おぬし! 言い方を考えろぉぉ!」
だが学園長は腹を抱えて大笑いした。
「よし! では落ちこぼれ組――
リリアたちのクラスの臨時講師として迎えよう!
これもまた、新しい風だ!」
教頭は深々とため息をつき、しぶしぶ頷く。
「……では、それで様子を見るとしましょう」
ワシは力なく椅子に崩れ落ちた。
(ぬぅ……またしてもワシの知らぬ間に、話が大きく進んでおる……)
こうしてワシは、なぜか学園の“落ちこぼれクラス”の講師として
教壇に立つことになったのである。