第16話 ワシ決心する
午後も暮れて、屋敷の廊下は橙の光に染まっていた。
セベスがやけにそわそわして歩き回り、落ち着かん。
「師匠〜、言っときますけど、明日っすからね。
学園から正式なお迎えが来るのは〜」
「な、なんじゃと!? そんな急に言うな!
ワシ、まだ心の準備ができとらんぞ!」
「いや〜、準備とかもう関係ないっすよ。
流れは完全に決まっちゃってるっすから」
セベスはひょいと肩をすくめる。
「だって街じゃ“味変の聖女”の噂でもちきりっすよ。
市場から貴族街まで、ぜーんぶバズってるっす!」
「バ、バズってるって何のことじゃああ!」
ワシは思わず両手で頭を抱え、廊下にしゃがみ込む。
(あああ……ただの悪ふざけの詩魔法が……
なんでこんな大事に……! 明日からワシが学園の講師!?
いや無理無理無理、ぜぇぇったい無理じゃ!)
セベスはにやりと笑い、気安くワシの肩をポンと叩く。
「まーまー師匠、安心してドーンと構えててくださいっす。
学園にも協力者がいるんで、オレシーが上手いこと立ち回っといたっすよ」
「ド、ドーンと!? ワシにそんな度胸あるかいな!」
そのとき、玄関のドアがガチャリと開いた。
リリアが学校から帰ってきたようじゃ。
制服姿のまま駆け込んできて――
「師匠っ!」
ぱぁっと笑顔を咲かせ、勢いそのままに言った。
「聞きました! 学園で教鞭をとられるのですね!?」
「ええぇぇ!?
もう噂になっとるんか!? 誰に聞いたんじゃ!」
「もちろん、サイラス様からです!」
「おおおいィィィーー!」
ワシの絶叫が屋敷に木霊する。
だがリリアはそんなことお構いなし。
両手をぎゅっと握りしめ、瞳をきらっきら輝かせて言い放った。
「師匠なら当然です!
これまで世に隠れて生きてこられたのは、
きっとその力を軽々しく見せびらかさぬため……。
でも今こそ、真の姿を示すべき時なのです!」
「いやいやいやいや!
誰がそんな設定を作った!? ワシはただの詩人……」
「はい! 古代魔法詩人という、すごい存在ですね!」
「ワシのセリフをねじ曲げるでないっ!」
リリアはそのままワシの両手を取り、胸にぎゅっと抱え込む。
潤んだ瞳が真正面から突き刺さる。
「師匠……わたし、ずっと学園で“落ちこぼれ”って呼ばれてきました。
でも今は違います。
師匠に教えていただいたおかげで、自分の魔法を誇れるようになったんです。
だから……どうか、学園でも堂々と胸を張ってください!」
「ぬぅ……!」
ワシ、言葉を失う。
(なんじゃこの破壊力は……!
弟子の真っ直ぐな眼差し……ズルいのぅ。
断れる空気じゃないではないか!)
セベスが横でくすりと笑い、肩をすくめる。
「っしょ? もう決まりっすね。
明日は師匠を馬車でお迎えに来るんで、ビシッとキメていきましょ!」
「ビシッとって……ワシ、まだ美少女のまま戻れとらんのじゃぞ!?
このまま“聖女扱い”で出陣するんか!?」
「いいじゃないっすか〜。
街も学園も“美少女の師匠”で完全に定着してるっすよ」
「わあ……すごいです!」
リリアが目を輝かせて跳ねるように言う。
「師匠、きっと学園が湖になっても止められるくらいの
偉大な魔法詩人として、語り継がれます!」
「語り継がれるような大事件は起こすなーーーっ!!」
ワシの悲鳴を背に、セベスとリリアは楽しげに笑い合っていた。
――こうして、ワシは翌日から学園に行く羽目になったのであった。