第14話 ワシ噂になる
リリアを見送ったあと。
屋敷の広間には、セベスとワシだけが残った。
「……さて、今日はどうするかのう」
ワシは椅子にどっかり腰を落とし、腕を組んで唸った。
セベスはといえば、優雅にナプキンを畳み、
食器を片付けながら涼しい顔。
まるで嵐の前の静けさを楽しむように、余裕しゃくしゃくで言う。
「どうするもなにも、
もう街じゃ“聖女アサリーヌ様”で持ちきりっすよ」
「ほ、ほえ? そんなすぐ広まるもんか?」
「すぐもすぐっす。
昨日の夕方にはもう露店の兄ちゃんが“聖女が食堂に現れた!”
って叫んでましたからねぇ」
セベスは肩をすくめてクスクス笑う。
「今朝には市場の魚屋から、
貴族街の奥様方まで噂が届いてる頃っすよ。
下町から上流階級まで網羅っす」
「うぅむ……勘弁してほしいのう。
ワシはただ、ちょこっと味を変えただけじゃのに」
セベスはにやりと口元を歪め、紅茶を一口すすった。
「“ちょこっと”で料理を極上に変える……
それを奇跡って言わずに何て言うんすかねぇ?」
「いやいや、ただの詩人のお遊び魔法じゃ!
大げさに騒ぐでないわ!」
「お遊びって言いますけどねぇ……
師匠、昨日のお店の行列、見たでしょ?
外にあれだけ並んでたら……そりゃ噂にもなるっすよ」
「ぐぬぬぬ……」
ワシはごろりと椅子の背に身を預け、天井を仰いだ。
――そのとき。
屋敷の前がざわざわと騒がしくなった。
わらわらと人の気配がする。
「……なんじゃ?」
耳をそばだてて立ち上がると、セベスがすいっと窓辺へ。
「……あー、これは確定っすね」
「な、なんじゃ?」
ワシも慌てて覗き込むと、そこには――
屋敷の門の前に町人や商人がずらり。
きょろきょろと中を覗き込み、口々に叫んでおる。
「聖女様のお屋敷はここか?」
「うちの煮込みも見ていただきたいんです!」
「お布施なら払います! どうかご加護を~!」
「ちょ、ちょ、ちょっと待てぃ!」
思わず声を張り上げ、慌てて窓をバタンと閉めた。
「ど、どうしてこうなったんじゃ……」
額に手を当て、ふらりと椅子に崩れ落ちるワシ。
だがセベスは、まるで予想通りとばかりに
ポケットから小さなメモ帳を取り出し、さらさらと書き込んでいた。
「ふむふむ……よし、やっぱり予定通り。
これなら学園からお呼びがかかるのも時間の問題っすね」
「よ、予定通り……!?
おぬし、最初からこうなると踏んでおったんか!?」
「ええ。段取りは昨日のうちにつけてありますから」
セベスはにやりと笑って肩をすくめた。
「な、なにぃぃぃ!?
ワシの知らぬ間に話が進んどるではないか!」
その間も、屋敷の外では「聖女様ー!」という声援が飛び交っていた。
ワシは頭を抱え、魂が抜けたように崩れ落ちる。
「……ワシは今日、静かに過ごすつもりじゃったのになぁ……」