第13話 ワシ弟子を許す
翌朝。
ワシとリリア、そしてセベス。
広間の大きな窓から朝日が差し込み、食卓を金色に照らしていた。
焼きたてのパンの香り、湯気を立てる温かいスープ。
その幸せな匂いに包まれながら、ワシは椅子に腰を落とし、
のんびりとした気持ちでパンを千切っておった。
――が。
「師匠、申し訳ありません!」
いきなり向かいでリリアが立ち上がり、ぺこりと頭を下げる。
「ん? な、なんじゃ急に!」
パンを口に入れかけていたワシは、危うくむせそうになる。
「昨日……勝手に師匠のお名前を……
『アサリーヌ様』と申してしまいました!」
リリアは両手をぎゅっと握り、真剣そのもの。
「ああ……それか」
ワシは胸を撫でおろし、パンを皿に置いた。
「いや、あれはその場の流れじゃったしの。
むしろ助かったくらいじゃ」
「……助かった?」
「ワシ、油断しておると詩に“おっさん”が混じってしまうんじゃ。
アサリーヌってことにしておいたほうが、まだ誤魔化せるじゃろ」
そう言うと、リリアはほっとしたように胸に手を当て、微笑んだ。
「……ありがとうございます。でも、わたしは分かりました。
師匠がこれまで名を名乗らなかった理由を」
「ほう? 理由とな」
ワシは眉をひそめる。
リリアは椅子からぐっと身を乗り出し、瞳をきらきら輝かせた。
「――師匠はその正体を隠して……
世の悪と戦っておられるのですね!」
「……」
「民のため、陰に潜み、光を浴びぬまま戦い続ける!
それこそが師匠なのですね!」
「えぇぇぇ!? ちょ、ちょっと待てい!」
ワシはスープの器を落としそうになり、慌てて掴み直す。
「いつワシが悪と戦うことになっとるんじゃ!?
なんでそうなるんじゃ!?」
「ち、違うのですか?」
リリアは首をかしげ、疑う気配ゼロ。
「違うわい! ワシはただの詩人じゃぞ!?
陰に潜むとかそんなカッコええもんではのぅ……」
「師匠、ご謙遜なさらなくても!」
「いやいやいや、謙遜じゃなくてのぅ!!」
そこで横から、スッと声が挟まる。
セベスが片手でお茶を注ぎ、
片手でカップをくるくる回しながら、にやりと笑った。
「いやぁ~、リリア様の言うこと、分かるっすねぇ。
だって師匠が“ただの詩人”なんて、誰も信じないっすよ。
昨日の奇跡の味変……街じゃもう大騒ぎっすよ」
「えっ……そ、そんな大ごとに!?」
「そうっすねぇ。下町の噂なんて秒速で広がりますから。
学園にもとっくに届いてるはずっすよ。
あ、ちなみに……オレっちも少し段取りしておきましたんで♪」
「段取り……? お主、まさか……」
「ええ。師匠が臨時講師として学園に呼ばれるのも……
もう時間の問題っすよ!」
「な、なにぃぃぃぃっ!!」
ワシは椅子から転げ落ちそうになった。
――ほんに、この執事と弟子はワシをどうする気なんじゃ……。
朝食を終えると、リリアは立ち上がり、元気いっぱいに胸を張る。
「では、わたしは学園へ行ってまいります!
師匠、今日も隠された悪と戦ってください!」
「戦わんわ!! どこにそんな悪がおるんじゃ!!」
ワシの全力ツッコミもむなしく、
リリアはぱたぱたと玄関へ駆け出していった。
「ははっ♪ いいコンビっすねぇ」
セベスはクスクス笑いながら、ゆったりとお茶を啜る。
食卓に一人残されたワシは、深いため息をついた。
「さて……ワシは今日、どうするかのぅ……」