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第11話 ワシ固定ルートに乗ってしまう

「ふぅ……えらいめにあったわい」


お屋敷に戻ったワシは、

ふかふかの椅子に腰を下ろして大きく息を吐いた。

魔力切れだの味変祭りだの、

美少女姿だの……まったくロクなことにならん。


「師匠」

隣ではリリアが本を抱え、こちらを心配そうに覗き込んでいる。

けれど、その目はどこか期待に満ちておった。


そこへ、すっと軽やかな足音。

セベスが銀のトレイを手に、流れるような動きでやってきた。


「お待たせしました、師匠。

お疲れの身体に効くブレンドティーっす。

ジャスミン寄りの香りにして、

渋みはしっかり抑えてあるんで飲みやすいと思うっすよ」


カップを差し出す仕草は完璧に執事然。

だが口調はいつものチャラノリ。


「お、おお……」

ワシは受け取り、一口すすった。

……うまい。香り高く、喉ごしも柔らかい。

まさかチャラ執事がここまで繊細な仕事をするとは。


(やるときはやるやつなんじゃな……見直したぞ、セベス)


リリアは両手でカップを包み込み、少し神妙な声で呟いた。

「師匠……わたし、

明日からまた学園に行かないといけないんです」


「おぉ、そうなんじゃな」


セベスがにやりと口角を上げる。

「今まで魔法が使えなくて、結構しんどかったっすよね。

でも今のリリア様ならイケるっしょ!」


リリアはぐっと拳を握りしめ、胸を張った。

「はい! 今なら、私だってみんなに負けません!」


「おいおいおい!」ワシは慌てて立ち上がった。

「お主、あれを人前でひょいひょい使ってみぃ! 

あちこち湖だらけになって、えらいことになるんじゃぞ!」


リリアの肩がすとんと落ちる。

「……そ、そうですよね」


「そうそう。あまり人前では使ってはいかん。

制御できるようになるまでは、のう」


「でも、ではどうしたら……」リリアはしゅんと俯いた。


ワシは顎に手を当て、ううむと唸る。

「ふむ……どうしたもんかのう……」


そこで、セベスが静かに口を開いた。

「答えはシンプルっす。

――師匠が学園で直接教えればいいんじゃないっすか?」

「なっ……! いやいや! そんなもん無理じゃろう!」


ワシは思わずお茶を噴きそうになった。


「それなら!」リリアが急に身を乗り出す。

「師匠がそばにいてくだされば、きっと安心して魔法が使えます!」


「お、お主まで乗るでない!うおっ、ちょ、近い近い!」

ワシは椅子からのけぞり、リリアとの距離に狼狽する。


セベスはにこりと笑い、執事らしい落ち着いた口調で言う。

「リリア様がそう仰るのなら、

実際に師匠がご一緒されるのが最適解っす。

……もっとも、学園に迎え入れるには

いくつか手続きが必要でしょうから、

そこはオレが段取りしておくっす」


「なっ……おぬし本気か!? ワシ、そんな器じゃないぞ!」


「師匠なら余裕っすよ。なんたって古代魔法の使い手なんすから」

セベスはさらりと笑って、

ワシの心臓にダイレクトアタックをかましてきた。


「ぐはぁぁぁ! またハードルを上げおってぇぇ!」

ワシは頭を抱え、ソファに崩れ落ちた。

セベスは姿勢を正し、執事らしい落ち着きで告げた。

「ところで師匠、その美少女の格好のままなんすか?」

セベスが涼しい顔でお茶を差し出しながら、にやっと笑う。


「う、うむ……」

ワシは思わず口ごもった。

(やっぱり変えた方がええ気がするんじゃが……どうしたもんか)


「ではちょっと、もう少しマシな感じに変装するとしようかの」

ワシは重々しく宣言し、手を掲げた。


その時――リリアがぽつりと呟く。

「……別に、そのままでもいいです」


「な、なにぃ!?」

ワシは心臓が飛び出しそうになる。


リリアは顔を赤くし、モジモジしながら視線を逸らした。

「えっ? あ、いや、その……綺麗だから」


「ひぃぃ! やめんかリリア! ワシは中身おっさんじゃぞ!」

慌てて大声を上げるワシ。だがリリアの耳まで真っ赤になっておる。

と、とにかく! 変身じゃ!

「――“変われ姿よ、もう一度~♪ ワシを包め~♪ 

おっさんの心をイケメンに戻せ~~♪”」


……しーん。


「……あれ?」

ワシは鏡をのぞき込み、愕然とした。

「変わらんぞ!? 昨日はバンバン変身できたのに!」


セベスが首を捻る。

「マジっすか? 昨日はナイトもモンクもシーフも、

ノリノリでコスプレしまくってたっすよね」


「そうじゃ! なんでじゃ!」

ワシは頭を抱える。


するとリリアが青ざめ、震える声で呟いた。

「こ、これはひょっとして……」


「なんじゃ、何かわかったんか?」


リリアは真剣な顔で立ち上がる。

「古代魔法……いえ、それ以上です。

禁呪レベルの“超古代魔法”が働いているんです!」


「な、なんじゃそりゃあああ!」

ワシは慌てて椅子からずり落ちそうになる。


「つまり……一度この姿に固定されてしまったのです。

もはや簡単には戻れない……」


「ええええっ!? ワ、ワシ、ひょっとして一生このままか!?」


セベスが軽く肩をすくめる。

「そうみたいっすね。オレから見ても、変化の余地ゼロっす」


「ゼロォォォッ!? そ、そんな馬鹿な!」

ワシは天を仰ぐ。


「だ、大丈夫です!」

「この姿なら誰もが羨む美少女! 

むしろ最高の形で固定されたということです!」


「最高って! ワシ中身おっさんじゃぞ!?」


セベスはケラケラ笑いながら、しかし冷静に付け加えた。

「師匠……

これからは“美少女の皮を被ったおっさん”として生きていくしかないっすね」


「いやいやいや! そんなんワシの精神がもたんわ!」

ワシの絶叫が響いたその瞬間――


「夕食のご用意ができました」

メイドがタイミングよく入室し、三人のやり取りに優雅に一礼した。


「空気読んだかのごときタイミングじゃな……」

ワシは頭を抱えたまま、ふらふらと立ち上がるしかなかった。


挿絵(By みてみん)

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