第10話 ワシ聖女になる
ワシら三人が「うまい!」「これは格別じゃ!」
と食べていたら、周囲の客がざわめき始めた。
「おい……なんか隣の席、
めちゃくちゃうまそうに食ってないか?」
「さっきまで『味薄いな』って顔してたのに……なんでだ?」
視線が集まる中、一人の男が恐る恐る近づいてきた。
「そ、その……お嬢さん。いや、師匠?
俺にも、その……魔法を……」
ワシはびくりと肩を震わせた。
(お、お嬢さん!?
そうじゃった、今のワシ、美少女姿じゃった!
くっ、面倒なことになったのう!)
だがリリアはキラッキラの目でにっこり微笑む。
「師匠、お願いを聞いて上げては?」
セベスも腕を組んで、にやり。
「出番っすよ、師匠。ここはドーンと魅せる時っす!」
(やめろ! ドーンと魅せるとか言うな!
ワシ、ただの味付けおっさんなんじゃ!)
しかし周囲の視線が熱すぎて逃げ場はない。
ワシは観念し、重々しく詠じた。
「――“平凡なる皿よ、恵みを得よ♪
塩ひとつまみ、愛ひと匙♪
噛めば心に踊りだす、至福の調べを響かせたまえぇぇ~~♪”」
男のシチューがみるみる香り立ち、
味を確かめた彼は椅子から飛び上がった。
「う、うまァァァァァい!!」
その瞬間、他の客たちも一斉に叫びだす。
「俺にも!」「わたしにもお願いします!」
「オレの黒パン、ふかふかにしてくれーっ!」
気づけばワシは大忙し。
スープに、パンに、肉にと、
次々に“味変の詩”をかけて回る羽目に。
「うまい!」「こんなの食ったことねえ!」
「魔法レストランだ!」
さらに調子に乗ったセベスが叫ぶ。
「さぁ並べ並べ~! 師匠の味変ショー、
まだまだ続くっすよー!」
(余計なことを言うでない!
ワシは大道芸人ではないぞ!!)
ついには奥から店主まで出てきて、
両手を合わせて頭を下げてきた。
「お嬢さん! いや師匠!
ぜひうちで働いてください! 給金はいくらでも出します!」
「は、働くぅ!? いやいやいや、ワシそんなつもりは……!」
リリアがすっと前に出る。
「申し訳ありません。
師匠は放浪の大賢者、ひとつの場所に縛られるお方ではないのです」
セベスもチャラ声で加勢する。
「っすね~!
師匠レベルになると、世界が厨房っすから!
ここだけじゃ収まりきんないっすよ!」
「そ、そんな大層な……!」
ワシは頭を抱えつつ、引きずられるように店を後にした。
だが――
店を出てみれば、そこにはすでに長蛇の列ができていた。
「ここの食堂に“料理を美味しくする美少女”がいるらしいぞ!」
「え、マジ? 見たい! 食べたい!」
「一目でいいから“聖女様”を拝みたい!」
ワシ:(あ、あぁぁぁぁ!! また妙な噂がぁぁぁ!!)
気づけば群衆から
「聖女様!」「味変の聖女様!」とコールが起こり始める。
両手を合わせて拝む者、花を差し出す者まで現れて――
(やめんかぁぁ! ワシはただの味付け詩人じゃぁぁぁ!!)
こうしてワシの“味変魔法”は、
瞬く間に街中の話題となってしまったのであった……。
「師匠! 早く準備を!」
「おおっす!
聖女様の本領発揮っすね~! 盛り上がるっすよ師匠~!」
(う、浮かれすぎじゃ……ワシ、ただの詩人なんじゃぞ……!)
「聖女様!」「味変の聖女様ー!」
すでに群衆がワシを見つけ、手を振り、拍手しておる。
ワシ:(ちょ、ちょっと待てぃ!
ワシ、ただの味付け詩人じゃ!
魔法で料理をちょっと美味しくしただけじゃぁ!!)
しかし人々は全く聞く耳を持たない。
リリアが楽しそうに胸を張る。
「皆さん、どうぞ! 聖女様の奇跡の味をお楽しみください!」
セベスも周囲に声を張る。
「っすよ~! 奇跡の味変ショー、スタートっす!」
(おおおい! ショーって……そんな大層なものでは……!)
群衆の期待の目の前で、ワシは渋々詠じた。
「――“平凡なる食べ物よ、至高の味わい授けたまえぇ~♪
塩ひとつまみ~♪ 愛ひとさじぃ~♪
もぐもぐ噛めば~おっさんのほっぺも落ちるんじゃよぉ~♪
幸せのメロディー、今ここに響けぇぇ~~♪”」
瞬間、屋台のスープやパン、肉や魚介がみるみる美味しそうに変化。
香ばしい匂いが辺り一面に充満し、群衆は歓声を上げた。
「うまァァァァい!!」
「聖女様すげぇぇぇ!!」
「これぞ奇跡の味変――!」
(ひぃぃ……こうなると止められんじゃろ……!)
しかし、祭りはそれだけでは終わらない。
群衆はワシを囲むように押し寄せ、肩を抱き、時には担ごうとする。
「聖女様ー! こちらへー!」
「舞台に上がって、皆にご加護を!」
「ひゃあああああ!! 待て待て待てぇぇぇ!!」
ワシは美少女姿のまま、両手をばたつかせながら逃げ惑う。
リリアとセベスも慌てて後ろから追いかける。
「おおー! 師匠、モテモテっすねー!!
もう完全に主役っすよーー!」
「師匠……どうかご無事で……!」
それでも群衆は止まらない。
屋台の前から舞台へ、山車へと担ぎ上げられ、
気がつけばワシは“聖女様の山車パレード”のど真ん中!
ワシ:(ひぃぃぃ……美少女姿で山車に乗るとか、
どんな羞恥プレイじゃ……!)
周囲の声援に押され、手を振るしかないワシ。
「い、いや、これは誤解じゃ……ただの味付け詩人じゃ……!」
しかし、群衆は耳を貸さない。
「聖女様、万歳!」
「味変の奇跡をありがとう!」
「もっと魔法を見せてー!」
リリアとセベスはうっとり顔で笑い、ワシのパニックに拍車をかける。
「っすねー! これぞ祭りのハイライトっす!」
ワシ:(くっ……ワシ、どうなってしまうんじゃ……!)
こうして、ワシは意図せず“祭りの主役”に祭り上げられ、
美少女姿でパニックを起こす羽目になったのであった……。