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第1話 ワシいらん子扱いされる



玉座の間に神々しい光が差し込む。

大理石の床にきらめく光輪、その中心に現れたのは――

勇ましい剣士でも、麗しき聖女でもなかった。


――四十路をこえ、ちょっと腹の出た、

くたびれたおっさんであった。


シャツの裾は少しシワだらけ、

ベルトは微妙に食い込んでいる。

片手にはコンビニ袋を提げており、

その中で「シーフードヌードル」が不自然に揺れていた。


「……む、むう? ここは……どこじゃ? 

ワシ、さっきまで会社の残業でカップ麺食うておったはずが……」


「……」


場に重苦しい沈黙が流れる。

次の瞬間、ざわざわとどよめきが広がった。


「な、何者だあれは!」

「召喚の儀式で呼ばれたはずなのに……

ただのおっさんにしか見えぬぞ!」

「いや待て、あの袋……まさか異界の秘具かもしれん」

「勇者候補が……袋持参!?」


玉座に座る王も目を見開き、侍従に小声でささやいた。

「……お、おい。これは……最後の勇者候補なのか?」


「は、はい、陛下! 

この方が鑑定の結果では……召喚の反応でございます!」


「え? おっさんじゃないのか? 

間違えて異世界から引っ張ったのか?」


場の視線が一斉に集まり、当のおっさん――

いや主人公は、肩をびくりと震わせた。


「ま、待ってくれい! えっと……ワシ、こういうの初めてでな……」

慌てて咳払いをするが、声が裏返る。


(な、なんじゃこりゃ! いきなり異世界召喚!?

てか、なんでワシ!? よりによって残業中のおっさんを!?)


「ま、まてよ……異世界モノってたしか……

“ステータスオープン”とか言うんじゃなかったか?」


おっさんはおそるおそる口にした。

「ステータス……オープン!」


目の前に光の板が浮かぶ。


【職業:詩人】


「……は? 詩人!?」


思わず声が裏返る。


(なんで詩人!? 戦士とか魔法使いちゃうんか!?

歌って魔王倒すとか、無理ゲーやろ!?)


周囲はざわざわ。

「“詩人”と申したか?」

「戦えぬ職では……?」

「いや、支援型かもしれんぞ!」


焦りを悟られまいと、おっさんは必死に虚勢を張る。


「コホン……ワシこそ、選ばれし……詩人!

ゆえに、勇者の……お供として召喚されたのじゃ!」


「お供……?」

「勇者本人ではないのか?」

「だが“選ばれし”とは言ったぞ……?」



王が額を押さえる。

「……つまり勇者ではなく、その随行者というわけか」


「そ、そういうことじゃ! 

ええと、その……サポート専門、みたいな!」

再びざわつきが広がる。


「ええい、笑うでない!」

おっさんは必死に胸を張るが、

ぷよっとした腹が服の隙間から目立ってしまい、

近衛の一人が思わず吹き出しそうになる。


内心:(やばいやばいやばい! 

なんでワシなんじゃあ!? せめて若いのにしとけや!)


魔法テストの時間。


「次は――詩人殿」

名前を呼ばれた瞬間、場がざわめく。


「詩人って、 吟遊詩人のことか?」

「おいおい……歌ってどうするんだ? 

戦場で子守唄でも聞かせる気か?」

「いや、逆に……強烈な支援魔法とかあるかもしれんぞ。

勇者パーティに必須のバッファーかもしれん」


好奇と不安と嘲笑が入り混じり、

玉座の間の視線が一斉におっさんへ向かう。


大臣が咳払いをして一歩前に出た。

「詩人殿……何か、戦いに役立つ特別な力はお持ちで?」


「いや、特には……」

ぽろっと正直に答えたおっさん。

会場が一瞬シーン……と静まり返った。


「特には……?」

「特にはって言ったぞ」

「え、何も無いのか?」

「ただのカラオケ好きじゃねえか」


ひそひそ声が飛び交い、王の眉間に皺が寄る。


そこへ宮廷魔導士が進み出て、場を取り繕うように言った。

「勇者様。ならばこちらからお試し願いましょう。

――これは我らが基本の詠唱。どうか真似てみてください」


魔導士が朗々と唱える。

すると炎の球がふわりと浮かび、空中で赤々と揺らめいた。


「はい、次は貴殿の番です」


おっさんの背筋に嫌な汗がつっと流れる。

「よ、よかろう……ゴホン。えーと……」

(やばいやばいやばい! 適当に韻踏めばなんか出るやろ!)


「“燃えろよ燃えろ、ワシの心の脂肪燃焼~~♪”」


……しん、と静まり返る空気。


――何も起きなかった。


「……」

「……」

「ぷっ……」

「ククク……!」


抑えきれない笑いが波紋のように広がり、

ついには玉座の間全体に広がった。


「はっはっは! 脂肪燃焼て!」

「ダイエットかよ!」

「お腹の肉は揺れてたけどな!」


「ワ、ワシの真の力を出せば、

この城ごと吹き飛んでしまうのじゃ! 

じゃから今は抑えたのだ!」

おっさんが苦し紛れに胸を張ると、

さらに笑い声が弾けた。


玉座の端で、先に召喚された若者たちがひそひそと話し合う。

「……なあ、あのおっさんマジでいらなくね?」

「詩人って何だよ。支援どころかダジャレじゃん」

「俺たちと一緒に魔王討伐とか……勘弁してくれよ」


そして冷酷に一言。

「……追放で」


「即決!?」

おっさんの情けない悲鳴が、笑いにかき消されていった。


挿絵(By みてみん)

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