みつめる
私は今、美術館にいる。
今日は平日。人もほとんどおらず、落ち着いて作品が鑑賞できる。
多くの有名な画家の作品が展示されている中、私は今、ある1枚の絵画に釘付けになっている。
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デッキチェアーにもたれかかりながら、紅茶の入ったカップを手にし膝の上に雑誌を広げてくつろぐ。
今日も平和だ。
私はこの街にやってきてまだ日は浅いのだが、思ったより自分に合っていたようですぐになじんだ。
足元をじゃれつく愛犬を微笑ましく見守りながら、紅茶をひとくち。
・・・・そのときである。
私は座ったまま、そうっと後ろを振り返った。
やはりか・・・。
平穏な日常に唯一の不穏要因。
私はため息をつきながら紅茶のカップをソーサーに置いた。
(最初はよかったんだがな。)
後ろの壁にはつい先日、購入したばかりの絵がかかっている。近所でたまに開催されるらしい蚤の市で手に入れたもの。私はアンティーク物がわりと好きでよく収集しているのだ。この絵もそのひとつ。
タイトルは『見つめる』。その名の通り、上半身まで描かれた女性がまっすぐにこちらを見ている構図の絵である。作者は聞いた事のない名前でそんなに古い作品でもないらしいのだが、なぜか私はこの絵を気に入ってしまった。
他にもたくさん絵画はあったのだが、その時の私はなぜかこの絵の中の女性と目が合った気がしたのだ。
絵に対してそんな感想を抱いたのは初めてだった。気が付けば購入し、家に帰るなり飾った。
絵の中の女性がなぜか嬉しそうに見えた。その時は私も嬉しくなった。
・・・・・が。
日にちが経つにつれ、落ち着かない事が増えた。どうも、誰かに見られている気がするのだ。この家にいるのは私と愛犬のみ。
それは決まってリビングに来た時だけに起きる不可解な感覚だった。いつも誰かの視線を感じるようになったのだ。そしてその正体はすぐにわかった。にわかには信じられない事ではあるが。
私は、先日購入した絵を見た。
まちがいなかった。"彼女"は私を見つめている。
そして私が見つめ返すと、なぜかいきいきし始めたようにも見えた。
まるで本当に生きているようだった。
今もそう。視線を感じて振り返った先にいた彼女は明るい表情で私を見つめるのだった。
なんとなくいたたまれなくなった私は、やむを得ず絵を外すと裏向きにして床に置いた。
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独りでいるのはとっくに慣れたけど、慣れたつもりだったけど。
私のなんてことない灰色の日常に突然、変化が現れた。
むかいに急に引っ越してきた彼。 おそらく年上なんだろうけど・・・素敵。
とても素敵な人だった。
彼自身に加え、彼をとりまくあらゆる物が素敵だった。私はたいてい二階の部屋の窓辺の椅子に腰かけ飼い猫の背中を撫でながら外の景色をぼんやりと眺めるのが日課だった。・・少し前もそんな感じでぼんやりと代り映えのしない日を過ごしている時、彼は現れた。
二階の窓を開けっぱなしにしたまま、引っ越しの荷ほどきをする彼。
箱の中から現れてくる、おしゃれなデザインの凝った家具の数々。私は思わず感嘆のため息をもらす。
やがて部屋は完成し、彼はくつろぎ始めた。・・・・・・完璧な空間がそこにはあった。
ある時、じっと見ている事をとうとう彼に気が付かれた。
目が合って私は動揺したが、それでもお近づきになりたいと思い軽く頭を下げて挨拶をしてみた。
ところがその瞬間、彼はブラインドを下げると窓を閉めてしまった。
私は呆然とした。
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私は今、美術館にいる。
今日は平日。人もほとんどおらず、落ち着いて作品が鑑賞できる。
多くの有名な画家の作品が展示されている中、私は今、ある1枚の絵画に釘付けになっている。
実は・・この絵の作者は私であり、今日は自分の絵をお忍びで見に来たのである。
タイトルは『男を見つめる女』。
”一人で悠々と暮らす男性をむかいに住む独りの女が羨望のまなざしでじっと見つめている”、という構図の絵だ。
我ながら自信作である。
完