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異世界令嬢

身勝手の王子様の新しい婚約者が私ですって? 普通に嫌なので拒否します

 貴族の学生にとって最後の華やかな思い出。

 そんな卒業記念夜会が行われている大広間には、国花として知られる大きな白い優美な花が飾られ、上品で華やかな空気を会場に満たしていた。

 礼服を纏う貴族の卒業生たちは、これから人生希望やら不安を友人達と熱く語っている。これが最後の語らいになるのかもしれない。だからこそ悔いの残らない語らいにしたいのだろう。


 だが――その空間は突然の声で騒然としてしまったのだ。


「ヴェラ! ヴェラ・ニーヴン!!」


 この国の第一王子、ティム・トーヴィーの鋭い声が響き渡る。


 目を向ければ、彼が婚約者である伯爵令嬢ヴェラに対して指を突きつけている。

 美しい黒の髪を持つ彼女は、一体何事かと返した。


「一体何用でしょう?」


 務めて冷静に問いかける彼女だが、当の王子の口から飛び出した言葉は流石に衝撃的だったらしい。


「お前の本性が性悪であるとわかった! そのような者を伴侶にするなど言語道断! この日をもって婚約は破棄にする。そして!」


 そこまで言って区切った王子は決意を秘めた熱い眼差しを……何故か私に向けてきたのだ。


(嫌な予感。あたらないでよぉ……!)


 という願いは空しく、その嫌な予感は当たってしまったのだ。


「ここに居る御令嬢、マーシャ・ウォーカーと婚姻を結ぶ事をここに宣言させて貰う!!」


 その言葉を追い風に周囲の騒めきが広がっていく。

 驚きや悲鳴などが飛び交う中、私はその光景を不自然なまでに冷静に眺めていた。


(あ~あ、本当にやらかしてくれるわねこの人……)


 私はこの光景に既視感を覚えていた。というのも私は転生者なのだ。

 前世は日本人の女子大生、趣味は乙女ゲームとその二次小説を読むことだった。


 その私が、この手の展開に巻き込まれることになろうとは。


(婚約者が悪役令嬢扱いされて、横で転生ヒロインの私が突っ立ってる。本来は転生ヒロインの私がほくそ笑むような場面だけどもさ、そういう展開は傍から見るから面白いのであって体験したい訳じゃないっての!)



 あれは十三歳の時、いつものように自室の姿見を見た時に強烈な頭痛に襲われると同時に前世の記憶を取り戻した。

 その瞬間から、私はこの世界が乙女ゲームのようなものだと気付いたのだ。


 この先何があるかわからない。この男爵令嬢という立場が何かの拍子で物語に組み込まれる可能性を考え、このどうしようもない現実を生きる為に注意力と共にせっせと貴族社会の知識や作法を学んできた。

 もちろんチート能力なんてものはないし現実はもっと厳しい。あるのが現世から引き継いだ妄想力だけだ。当然いまいち役には立たない。


(この世界で生きるしかないんだから、地道に努力するのが一番よ。そして地味に生きる! 転生したからと言ってヒロインとして注目されるわけにはいかないんだから)


 そう決意してきた私、だったが……。



 学園に入学しそこそこ止まりを常にキープし続け、地味で、かつ孤立して目立たない程度に交友関係を広げる事でモブになりきった。そのつもりだったのだ。


 だが、何を間違ったのか同学年の王子様に目をつけられたのだ。ずっと断り続けているのに、婚約を申し込んでくるその執拗さ。さすがに今日の婚約破棄劇には呆れ果てた。


 ティムが勝手に私の肩を抱いて来て「いいね、マーシャ?」とか酔った事言い出したけれど、私は即座に断った。


「いや、普通に嫌です。お断りします。近づかないで下さい」


 抑揚無い私の声が広間に響き渡る。当然、目を丸くして戸惑うティム。


(何度言ったら分かんのよこの人? 私にはもう婚約者がいるのよ。貴族の婚約がどれほど重要か理解してないの?)


 何が起きてるのかわからないと言わんばかりの顔を見て、私は嫌々ながらも冷静に話を続けた。


「ご存知の通り私には婚約者がいます。そもそも貴族同士の結婚は家同士の繋がりを重視するもの。王子ともあろうお方がそれを無視なさるおつもりですか?」


 彼は答えに詰まり、周囲もざわめく。そう、この程度で言い負かされるような男でしかないのだ。

 一丁前なのは肩書きだけか、このボンボン!!


(王族としての自覚がない。人も国の未来も想像出来ない。こんなのが王子様だなんて……。そんな相手と結婚するのは、もはや拷問以外の何物でもないでしょうよ)


 私は皮肉を込めて、彼に冷ややかに告げた。


「大体相手が気に入らないからと、正式に婚約関係を解消した訳でもないのに他の令嬢を口説くなど。そんな浮気性で無責任な方と結婚しろと?」


 私の視線がヴェラに向く。その顔は相変わらず涼しく、しかしその目の奥には王子に対する嫌気が見えていた。

 彼女も嫌々って訳ね。そりゃこんな王子が婚約者じゃあ仕方ない。


(このまま帰っちゃダメだろうか? これでも友人と卒業後の事とか話したかったんだけど、もうそういう雰囲気じゃ無くなったし。友達も巻き込めないし)


 地味に生きて来たとはいえ、仲の良い友達が居ないわけじゃない。でもこの状況で彼女達に話し掛けに行くのは迷惑が掛かる。

 ならばせめて、さっさと退場したい。


 だが私がその場を離れようとした瞬間、大広間の扉が重々しく開いた。その音に振り返ると、そこには黒い礼服に身を包んだ一人の男性が立っていた。


「失礼します」


 その声には広間もさらにざわめく。

 なんせその人物――彼は第二王子であり、馬鹿王子の異母弟。レオン・トーヴィーだった。


(……どうしてレオン様がここに? 在校生はもう帰宅したはずじゃ)


 レオン様はゆっくりと歩みを進め、私とティムの間に立つと、厳しい目でティムを睨みつけた。


「兄上、先輩方が未来についてお互いに想いを馳せる尊いこの場に於いて、そのような傍若無人の振る舞いは恥ずべきものだ。貴方がヴェラ殿の何をそんなに気に入らないのか知らないが、赤の他人を巻き込んでの無責任なその言動は……同じ王族として到底看過出来るものではない!」


 その毅然とした態度に、異母兄であるティムは「うっ」と情けない声を出して押し黙る。

 しかしそれも極わずかな間でしかなく、すぐに顔を赤くし、怒りを露わにしてきたのだ。

 レオンを鋭く睨みつけてその口を開いた。


「何だと…! 弟の分際でッ、お前に何が分かるって言うんだ! 俺が何をしようと勝手だろう! 引っ込んでいろ! お前には関係ない!!」


 感情だけをむき出しにして、反論にすらなっていなかった。

 そんな間抜けを見る周りの目は既に白けきっており、こんなのがこの国の王子だとは、と呆れていた。


 しかしレオン様も動じることなく、冷徹な目でティムを見つめた。彼の表情には王族としての義務感と責任感が滲み出ている。到底肉親に対する情は見えない。


「関係ない、だと? それが王族としての言葉か? 貴方が何をしようと勝手だと言うなら、我が王国の未来をどうするつもりだ。仮にも王位継承権第一位を父王から賜っておきながら……。王族とは、家の名誉だけでなく国の未来を背負う存在だ。その自覚があるのか? それが将来の王の言葉か、態度かっ!!」


 周囲の目がレオン様に集まり、その荘厳さに静まり返った広間には、彼の言葉の重みがひしひしと伝わっていた。

 なんでこっちの方が弟なんだろう?


 ティムは少し口を閉ざし、冷や汗をかきながら顔を背ける。広間の誰もが彼の哀れな意気地なさを感じ取った。


 その沈黙を破るように、ヴェラ嬢がその冷静さを保ったまま静かに声を上げた。


「レオン殿下……ありがとうございます。しかし、私とティム殿下のことに関しては……私自身が決めるべきことです」


 彼女の言葉には決然とした響きがあった。

 まだとは言え、仮にも婚約者だからか。己の手で全てを終わらせる覚悟を決めたのだろう。彼女の目は冷ややかにティムを見つめ、どこか憂いを帯びていた。


「ティム殿下の事はこの身でしっかりと向き合い、そして解決するつもりです。ですので、どうかこれ以上私を助けようとはなさらないでくださいませ」


 その冷静な言葉に、さしものレオン様すら息を飲み込み押し黙った。

 なんという凄み、これが伯爵令嬢の品格とでも言うのか。


「ヴェラ……! 貴様何を!?」


 ヴェラはティムの叫びを無視して、しかしその視線をティムに向けた。


「ティム殿下、婚約の破棄をなさりたいとの事ですが……。こちらとしては構いません。是非ともそうさせて頂きます。後日、家の方から改めて正式な申し入れをさせて頂きます。今までこのような私と婚約関係を続けて頂きありがとうございました」


「なっ!?」


 何をそんなに驚いているのか、ティムの顔は驚愕に染まっていた。


(アンタが言い出したんじゃん。何? 自分が別れを切り出すのはいいけど、袖にされるのは嫌だってこと? うわぁ……)


 ドン引きだ。いや、今までも散々引いてたけどもさ。


 そんなヴェラの言葉に、レオン様はほんの少し驚きながらも深く頷いた。


「分かりました。しかし、弟としての義務を果たすことも王族としての責任です。兄上、貴方の行動が無責任なものであったことを自覚しなければ、この先の未来を築くことは出来ないと考えよ」


 その言葉を最後に、レオン様は広場を見渡した後ゆっくりと頭を下げる。

 広間の中で再び静寂が訪れた。


「で、結局何が気に入らなかったのよ?」


 ほんの小さな独り言のつもりが、思って以上に響いてしまい、会場内に響いてしまった。

 ……ちょっと恥ずかしい。


 だが、そんな中で助け舟かのように静かな笑い声が聞こえてきた。


「ふふっ、そうですね。私も是非お聞きしたい。これから別れる事になる二人とて、そもそもの理由くらいは知りたいですわ」


 なんとも強かな発言の主は、やはりヴェラ嬢だ。なんというかこの子、物静か深窓の令嬢のイメージが今まであったけども……中々強気な性格じゃん。

 転んでもただでは起きない女。こういう展開も知らない訳じゃないが……。


(実際に見ると凄い迫力。こういう時は転生してよかったって思う……かも)


 皆の注目が馬鹿王子ことティムへと向かう。

 その視線に顔を真っ赤にしつつも、よせばいいのに大声を上げて情けない言い分を言い放った。


「……く、ううぅぅぅっ! だ、黙れ!! 貴様が素直に自分から引き下がればよかったのだ! 例え貴様の浮気が俺のでっち上げでもっ、それを甘んじて受け入れ、許しを乞うて追いすがってさえいれば俺の愛人程度には済ませてやったものを……!!」


 浮気をでっち上げるつもりだったのか。

 語るに落ちるという言葉がここまで似合う奴もいないだろう。これが王子? 嘘だって思いたいよ。


「そうですか、それは残念でしたね。しかしながら、何故マーシャ嬢を巻き込んだのです? 彼女は何も関係がございませんでしょう」


 そうだ、何故か巻き込まれたこの私。

 全く迷惑極まりないが、その理由にはちょっとばかり興味がある。主に将来のストーカー対策の一環として、その心理を知りたい。


「……くれたのだ」


「は? なんとおっしゃいました?」


 急かすヴェラ嬢。急に俯くティムにはそう聞きたくもなる。

 本当に急になんだこいつ?


「俺に優しく微笑んでくれたのだ! 偶々地面に落ちたハンカチを清らかな手つきで拾いあげ、着いた砂を払い、この俺の目を見て微笑みながら渡してきた。その時思った! これこそが運命だと!! 彼女こそが俺の真の婚約者、その資格を持つものだとな!」


「……………は?」


 思わず声が出た。だって仕方ないじゃん、意味わかんないもん。

 そんな事があっただろうか? いくら考えても思い出せない。そんな取るに足らない出来事なんて一々記憶してる訳ないのだから仕方ない。


「……それが理由ですか?」


「ああそうだ! 彼女ならば、何をやろうと笑って包んでくれる。他の女とささやかな火遊びをしようと、公務に少しばかり穴を空けようと優しく受け止めてくれる。その確信があったからこそッ! 俺は貴様との婚約を破棄する決意を決め――」


「もういい加減にしろ阿呆!!」


「ぐえ!?」


 キレた! さしものあの冷静な第二王子のレオン様もわなわなと怒りが沸いてきて仕方なかったのだろう。

 実の兄の頬を思い切り殴りつけ吹き飛ばす。殴られたアホはそのまま水平に飛んでいき、そのまま壁に激突して白目を剥いて気絶していた。


 誰も心配になって駆け寄らない辺り、それがもうあの男の人望なんだろう。


「いっそ王家の恥として処刑でもした方がマシなくらいだ!!」


 レオン様はかなり本気でお怒りらしく、拳を握りしめて震えている。


 何を見せられたのか? この場に居る全員がそう思った事だろう。


 かくして問題を起こした男は連行され、その後も何事も無かったかのようにパーティは再開され無事に終了した。




 それから数日後、ティムとヴェラの婚約が正式に破棄されたと噂で聞いた。

 また、この件で途轍もない恥を晒したティムは、事の詳細を聞いてブチ切れた父親によって王位継承権を剝奪され、何処か遠くの僻地に追いやられることも決まったのだと。


 その話を聞いて「そりゃそうだろう」と密かに思う。あんな馬鹿を誰が次の王にしたいか。


 けれど私はその話には興味はない。ただティムから解き放たれて良かったな、と思うだけだ。


(それはそうと……)


 自宅の庭、そこにあるテーブルの向こう側をチラリと見る。

 そこには可憐な乙女の姿があって、その目はキラキラと輝いているように見えた。


「マーシャさん! 私、決めましたわ! 今回の件でレオン様の高潔さに感服し、将来あの方のお傍で手伝いをするべく大学ではより一層政治について学ぶことにしました!」


「そ、そうですか……」


 何故かあの出来事を切っ掛けにして、学園を卒業した今更になって交友が始まった私とヴェラ。

 彼女が進学、それも私と同じ所に行くなんて今まで知りもしなかったのだけれど。

 まあいいか、新しい友達が出来たと思えば。


「そういえばマーシャさん、貴女の婚約者様とはどのようなお方なのです? 貴女があれ程情熱的に語るのだから余程素敵なお方なのでしょうね」


 あの時の言い分が情熱的に聞こえたのか。ただの一般論を語っただけなのに。

 やっぱりあの元婚約者の非常識加減に中てられて、ちょっとその辺りが緩くなってるのかも。


「う~ん、まあそれほど熱く語るような関係では無いと思いますが……」


 なんて遠慮がちに切り出すも、ぶっちゃけて言えば彼の事は好きだ。

 だからその後、普通に惚気てしまってヴェラを感激させてしまった。


 は、恥ずかしいからその内容は割愛させて頂くって事で。ね?



 そういえば、最近思い出した事があった。

 前世でやっていた乙女ゲームの一つ、その内容だ。


 学園の卒業パーティー、そこで起こったちょっとした事件から物語は始まる。

 そこで出会った主人公と攻略相手の名前が――。

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