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ガマンするのをやめて夫と義姉を懲らしめた結果、呆気なく破滅してくれた件

作者: ぽんた

 ふたりともこれから何が起きるのかもわからず、にこやかに談笑している。


 それはもう親密で、飲み物を運んでいる侍女でさえその雰囲気に近寄るのを倦厭している。


 ふたりというのは、男女のことである。


 具体的には、わたしの夫と父違いの姉。


 いまやふたりは、たとえ公式の夜会であってもだれはばかることなくイチャイチャしている。公式の場であってもこのイチャイチャ具合である。プライベートだとなにをしているのかは想像に難くない。


 それぞれ妻が、あるいは夫がいながらの不貞。彼らは、とくに夫は、自分が王太子になると信じて疑いもしていないので、不貞だろうが不正だろうがなにをやっても許されると思っている。


 それは姉にしても同じこと。わたしのクズ夫の弟王子の妻でありながら、権力と金貨と快楽を欲して不貞を働いている。彼女の夫が諦め見捨てているのをいいことに、わたしのクズ夫だけでなくさまざまな実力者たちに媚を売り、体を売っている。


 すでに五年。子どもがいないことも彼らは不貞を働く理由にするど厚かましさ。


 ガマンは充分した。耐え忍び、苦しむのも限界である。


 だからもうやめた。ガマンも耐え忍ぶことも苦しむのも、いっさいしない。


 今夜かぎり、いっさいをやめる。


 お膳立ては整った。


 全力でふたりを破滅させてやる。


 寄り添い、下品な笑い声をあげているふたりを見ながら、口角があがるのを止めることができなかった。 



 ケニントン王国は、近隣諸国の中でも一番小さな国である。国土は広大ではなく、国民はおおすぎない。しかし、土地が肥沃なだけでなく海に面していて三種類の鉱物が産出される鉱山。さらには「神の緑山」と呼ばれる大自然豊富な山々があり、近隣諸国どころかこの大陸でも一、二位を争うだけの裕福な国なのだ。


 戦争はなく、貧富の差こそあれ内乱もここ十数年はない。つまり、支配者階級は国民以上に安穏と暮らしている。


 だからこそ、支配する者の質の低下は否めない。もちろん、すべての支配者階級がそうではない。しかし、とくに王族にかぎっては、そのほとんどが地位に甘んじて欲だけで生きている。欲は、さらなる欲を生むだけのこと。


 王宮で目を覆い、耳をふさぎたくなるような醜態をさらしているのは、王族たち。


 わたしの夫である第一王子は、その最たるものである。とにかくひどい。なにがひどいのか、語ることができないほどひどいのだ。


 産まれる前から第一王子の妻になるべく定められたわたしには、そのクズに嫁ぐべく全力を向けるしかなかった。全人生をかけるしかなかった。


 その末路がこれなのだ。


 

 さりげなく移動した。夫と父違いの姉の視界の隅に入るところへと。目の端に、わたしが演出したこの「復讐劇」の最愛にして最強のパートナーの頼もしい姿が映った。


 そのパートナーの協力と支えがなかったら、この「復讐劇」を行う決断はできなかったかもしれない。


 そのパートナー、つまりデイヴィッド・ゴールドバーグは、わたしのクズな夫の弟で義姉の夫である。


 彼は、現国王がいわゆる「若気の至り」で産まれた王子である。彼は、そのお蔭で「災厄をもたらす王子」と蔑まれている。もっとも王位に遠い存在。というか、王位に就けるわけはない存在。そのため、王子の中でも唯一公務をしていて、ここ何年間かは外交官として故意に他国に常駐させられている。その彼は、子どもの頃から理不尽かついわれのない噂を流されていて、王宮では評判がよくない。


 義姉は、彼を夫と思ってはいない。彼が不在で寂しさが募り、紳士遊びに勤しんでいるわけではない。義姉は、夫であるはずの彼のことを夫と思ってはいないのだ。それどころか、夫婦であることも忘れているのかもしれない。


 しかし、わたしは知っている。


 デイヴは、だれよりも優秀であることを。だれよりも王子にふさわしいことを。


 なにより、だれよりも国王にふさわしいということを。


 そのデイヴもまた、さりげなく近づいて来てわたしの隣に肩を並べた。


 とはいえ、小柄で黒髪黒い瞳のパッとしないわたしより、彼の方がずっとずっと素敵だけど。


 噂では外見も内面も「クズ級の最悪さ」と噂されている彼は、長身で筋肉質で金髪碧眼でハッとするような顔の造形でと、およそ非のうちどころのない外見。


 わたしが見すぼらしく見える。


 が、今夜のわたしは違う。


 この夜会のために準備したドレスを身にまとい、できるだけ堂々と立っている。


 見劣りしていてもかまわない。この一瞬だけ注目されればいい。


 そんなデコボココンビだから、イヤでも周囲の目を惹き始めた。


(さぁ、はじまりよ)


 またしても口角が上がるのをとどめることはできなかった。



 案の定、周囲の目が自分たち以外に向いていることに気がついた夫と義姉。ふたりは周囲の目を追い、こちらへと目を向けた。


 こちらも見ているから、当然視線が合った。


 ふたりの表情が「おや?」となった。その瞬間である。


 夫曰く「陰気臭い顔」。義姉曰く「陰気でドベッとした顔」。


 ふたりの表現するところのその顔に不敵な笑みを浮かべて見せたのだ。


 ふたりの表情は、同時にかわった。驚きから怒りへと。


 そのときには、ふたりは同時にこちらへ向かって歩き始めている。


「いよいよ、だね」


 隣でデイヴがつぶやいた。


「いよいよね」


 そして、わたしもつぶやいた。


「大丈夫かい?」

「ええ、大丈夫」

「心配いらないよ。わたしがいる。いつでも舌をまわしてみせるからね」

「ええ。安心しているわ。あなたは、『スーパー外交官』ですもの」


 デイヴのことを声高に評価する人はいなかった。彼に味方したり彼の側にいれば、政治的にも経済的にも社交的にも不利になるからである。しかし、実際のところ彼の外交官としての腕はたしか。これまでいくつもの危機を救い、それ以上の数の利益をもたらしてきた。それを知っていて、みんな口を閉ざし、目を背けてきた。


 しかし、それもいままでのこと。これからは違う。


 訂正。すでに違っている。


 その彼がサポートしてくれる。それこそ、彼の弁舌は諸外国のやり手外交官以上のもの。


 安心以上のものがある。


「おまえか? 壁の花のおまえが、今夜はやけに態度がでかいじゃないか?」


 夫は、開口一番吐き捨てた。


「壁の花どころか、第一王子夫人の役目も果たさずすぐにひっこんでいるわ。役立たずもいいところよね。というか、相応しくない。レイ、あなたには相応しくないわ」


 義姉は、嘲笑った。


 というか、彼女はわたしよりわたしの隣にいる自分の夫を見るべきなのでは? 言うことがあるのでは?


 そんな色バカな義姉はともかく、戦闘開始である。


 勇気とヤル気と気合いをかき集めた。


「ふふふっ」


 まずは声を出して笑った。


 公式の場で微笑みや控えめに笑う以外でなかったこと。


「あなた、お義姉様? わたしが壁の花をしていたり、その場にいなかった理由がわからないのかしら?」


 笑いをおさめた。


 尋ねた声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。さらには、冷たく無機質だった。


「それがわからないほどイチャイチャに夢中だったということですね。あるいは、他のレディや紳士を口説いたり媚を売ったりするのに忙しかったということかしら?」

「なんだと?」

「なんですって?」


 ふたりがムッとするのも無理はない。


「会場全体を様子を見、必要なことをするためです。夜会や舞踏会やパーティーや式典、その他もろもろの公式の行事を滞りなく進めるためです。参加している方々に不自由をさせず、不満を抱かせず、楽しんでもらうためです。そして、無事に終了させる為です。つまり、第一王子夫人としての責務を果たしているのです」


 嘘でも誇張でもない。


 わたしは、ずっとそうしてきた。


 侍女や料理人やその他の人たちに協力してもらい、地味におこなってきた。


 このことは、だれもが知っていること。


 訂正。眼前にいるふたり、以外は知っていること。


「わたしは、これまで第一夫人として節度と常識をもってすごしてきました。五年もの間です。ですが、それも今夜かぎり。いいえ。厳密には、たったいままでかぎり。たったいま、宣言させてもらいます。ガマンすることをやめる、と。耐え忍ぶことはしない、と。そして、夫と義姉を全力で叩き潰す、と」


 打ち合わせ通り、宮廷音楽隊による演奏は止んでいる。


 不気味なほど静まり返った大広間内にわたしの宣言が響き渡ったはず。


 この場にいる多くの人々の耳にも響いたはず。


 もちろん、目の前のふたりの耳にも。


「あなたたちの不貞、それから不行跡は、すべて暴いています。葬り去ろうとした数々のことも含めて」


 目の前に分厚い冊子が差し出された。


 王宮付きの執事長が、一抱えもあるほどの文書を差し出したのだ。


「ほら、これ。読み上げてもいいでしょうけど、ふたりともわかっているでしょうから必要ありませんね。もっとも、身に覚えがありすぎて抜け落ちているでしょうけど」


 いったん受け取ったが、あまりの重さにすぐに返した。


 受け取った執事長は、一礼してからさがった。


「ど、どういうことだ?」

「どういうことよ?」


 ふたりの激高ぶりが可笑しすぎる。


 いまのふたりに、つい先程までの余裕や優雅さはない。


 いまの姿は、まるで追いつめられていく小動物のよう。


「第一王子。きみは、今夜をもって廃位だ。本来なら、獄行きだ。しかし、陛下の慈悲で国外追放となった。わが妻よ。当然、きみもだ」


 デイヴもまた、わたし同様ヤル気満々。


 正装の胸ポケットから玉璽入りの書簡を取り出し、さっと広げた。


「今夜をもって第一王子は廃位す。第一王子は、国外へ追放する」


 それから、厳かに読み上げた。


「なお、正妻の離縁申し立ては、国王の名において承認するものとす。第五王子からの離縁申し立ても同様承認す」


 続けられた宣言に、心から安堵した。


 ちなみに、第五王子、つまりデイヴも義姉と離縁申し立てを行っていた。


 そのデイヴは、宣言が終ると書簡をたたんで側にいる執事に託した。


 執事は恭しくそれを受けとると、元夫のもとへ行って差し出す。


「嘘だ。嘘にきまっている。許されるものか」

「そうよ。あなたの、あなたたちの陰謀よ」


 想定内すぎるふたりの台詞に、苦笑を禁じ得ない。


 実際、デイヴもわたしもニヤニヤ笑っていた。


「あなたたちにとってはその方がよかったでしょうけれど、残念ね。嘘ではないし、許されることよ」


(陰謀、というよりかささやかなたくらみではあるけれどね)


 心の中で付け足しておく。


 こうなるよう、実父である副宰相、それから好意的な有力者に根回しをしたのだ。


 長い長い時と多大な労力を注ぎ、地道に活動した。


 それは、デイヴも同様のこと。味方に引き入れた彼もまた、期待以上に動いてくれた。


 だからこそ、決行できたのだ。


 だからこそ、いまこのとき、この瞬間を迎えることができた。


「きみたちは、彼女を敵にまわすべきではなかった。第一王子、きみは彼女を大切にすべきだった。いや、彼女を見、知り、感じるべきだった。これは、なるべくしてなったこと。起こるべくして起こったこと。彼女がやらなければ、わたしがやっていた。彼女とわたしがやらなければ、国王みずから、あるいはほかのだれかがやり、起こしただろう」


 デイヴは、わたしに微笑んだ。


 それはもうあたたかく、そしてやさしい笑みだった。


 心が癒された。精神が和んだ。


「お義姉様、あなたもです。デイヴのことを見るべきだった。知るべきだった。感じるべきだった」


 義姉に言ってやった。


 結局、彼女はデイヴに将来はないと決めつけたのだ。つまり、王太子や国王にはなれないと決めつけたのだ。


(それをいうなら、元夫はお義姉様の実父である宰相を味方にしたくて、お義姉様を落としたのよね)


 わたしたちを産んだ母親もそうだった。爵位も地位も格下のわたしの実父と結婚しておきながら、お義姉様の実父である宰相と付き合っていた。その付き合いは、わたしの実父とのそれよりも長かった。


 お母様は、わたしの実父を裏切り続けていたのだ。


 そして、わたしを産んでからさっさとわたしたちを捨てた。それは、ちょうど宰相が最初の奥様を亡くしたタイミングだった。



「認めるものかっ! こんな理不尽なこと、あってなるものか。おまえだ、おまえが仕組んだ陰謀だ」


 元夫は、叫ぶなりわたしに向ってきた。


 身構える暇もない。だけど、殴られるか平手打ちされる覚悟はできていた。


 ずっとそうされてきたから。


 だから、睨みつけ続けた。これまでなら、瞼をギュッと閉じて暴力が、あるいは暴言の嵐が過ぎ去るのを耐えていた。しかし、いまは違う。


 いまは、これまでと違う。


「ギャッ!」


 尻尾を踏まれた猫のような悲鳴とともに、元夫が大理石の床上に両膝から崩れた。


「彼女に手をだすな」


 デイヴである。彼が元夫を殴ったのだ。


「聞け、クズ野郎」


 デイヴは、声量を落として言った。


 そして、彼は元夫の胸倉をつかむなり宙に浮かせた。


「王命などクソくらえ、だ。貴様が彼女にしてきたことを悔いるがいい。彼女の苦しみをたっぷり味わうがいい。貴様に代わり、王太子になるわたしが彼女をしあわせにする。彼女とわたしは、いまや独り者だからな。彼女をこの世で一番しあわせなレディにする。この世の全レディがうらやむほど彼女を愛し、大切にする。貴様は、貴様自身が選んだ『愛するレディ』とともに、あの世で見ているがいい」


 デイブのその言葉の数々は、周囲には聞こえないほどの声量だった。しかし、より近くにいるわたしの耳は、デイヴの言葉を一言一句漏らすことないしっかりととらえた。


 彼のその言葉にたいして、驚きよりもうれしさが勝った。


 うれしさが心と体に染みわたる。


 彼の言葉を拒否や否定をせず、自然と受け止めている。


 不思議なことだけれど、数回彼と作戦会議をしただけで彼のことがわかっていた。


 もっとも、それは愛情ではない。同志とか友人とか義理の兄妹とか、そういう感覚はあっても。


 しかし、それがかわるのも時間の問題。


 なにせ彼とわたしは、自由になれたのだから。解放されたのだから。


 今夜ここで宣言したように、これからはだれに遠慮することなく彼を好きになれる。


 いいえ。愛することができる。


「近衛兵っ、このふたりを連行しろ」


 うれしさからくる感動の中、デイヴの凛とした声が響いた。


 打ち合わせ通り、待機していた近衛兵たちが大広間に駆け込んできた。


「くそっ! はなせ、命令だ。はなせ。やつらを連行しろ」

「助けてっ! お願いよ。わたしは関係ない。彼が悪いのよ」


 往生際の悪い叫び声は、すぐに聞こえなくなった。


 そのかわり、宮廷音楽隊による調べが大広間内をゆっくり巡り始める。


「さて、麗しのレディ。とんだ方法で求愛をしてしまったが、どうだろうか? わたしにチャンスをくれるなら、この手を取って一曲でも二曲でも踊って欲しい。それから、命あるかぎりわたしといっしょにいて欲しい。わたしたちの子どもとともに、しあわせになって欲しい。いや、しあわせにする」

「『わたしたちの子ども』ですって? ずいぶんと気がはやいのですね」


 笑ってしまった。


 自然とデイブの手を取っていた。


 結局、彼と七曲踊った。


 デイヴとわたし、ふたりいっしょの人生は、今夜このときこの瞬間から始まった。



                                     (了) 

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