想定外
ジョーカーもまた同じようにこちらに向かって頭を下げながら、
「わたしのほうこそ、お礼を言わせてください」
と想定外の言葉を返してきた。
「なんで、おれに礼を?」
「わたしはもう人間じゃありません。人間に人間はさばけないですからね。心が、つい邪魔をするんです」
心は邪魔な存在か、たしかに感情に流されたら相手を裁くなど無理な話だな。
「心というものはわかりやすい。何より自分を守ろうとします。地獄行きと告げられて何人が泣きついたり、激怒したことでしょう。どれも、あわれな姿でした」
実際、おれも闇のなかにいたときは絶望したし、
改めて、天国行きと言われたときには嬉しかった。
「結局、人間なんてろくなもんじゃありません」
「でも、前は人間だったんじゃないのか?」
「そうでしたが、この仕事を繰り返すうち、心というものをすっかり抜かれました。今では、ロボットと言ったほうが正しいでしょうか。ロボットも、案外と悪いものじゃありません」
ロボット……ロボット……
彼が口にしたその無機質な単語が、おれの頭のなかで寂しく響きわたる。
初めのころに比べて、一つひとつの言葉に感情がこもっている気がした。
「ただ、あなたを見ているうち、わたしにもかつて同じような心があったことを思い出しました」
「きっと優しい心を持ってたんだろ、話してて伝わってくるさ」
「いいえ、その反対です。わたしはあなたのようにはなれませんでした」
「……もしかして、誰かを向こうに残して死んだのか?」
「その通り、そしてわたしも先ほどと同じ提案を受けました」
「脱走か」
「はい。しかし、わたしは、その提案を断りました」
「そうか、でもそれが普通ってやつだろ。おれがおかしいんだ」
「死人とは所詮、相手にとっては過去の存在です。それなのに現世にしがみついて、勝手に追いかけるなんて、ストーカーと何ら変わらないでしょう」
「ま、その通りだな」
「いいえ、これは単なる言い訳です。結局、わたしも自分を守る選択をしたわけです、他の人間たちと同じように。でも、あなたは違いました。今となっては、あなたを羨ましく思います」
会話が始まったときからずっと、何かを試されている感じがしていた。
実際、最初の方はおれの気持ちを試していたのかもしれない。
でも、今、目の前にいるのは裁判官Jでなく、本来の名前を持っていたころの、
心ある人間としての姿に違いなかった。
「だったら期待に応えて、おれが天界初のストーカーになるとするかー」
少し笑いながら話を返したつもりだったが、彼は冷静な口調でこう言った。
「いいえ、もう一人います。あなた以上の、究極のストーカーが……」




