温もり
ジョーカーの姿が視界に入って、おれの対面で立ち止まった。
最初に、ここに来たときと全く同じ状況だった。
ただ、あの時に感じたような不安は何もない。
おれはもうすっかり自分の人生に満足していた。
「あのさ、それで満足とか早すぎじゃない?」
「これ以上、何も望まないさ。何なら地獄に行ってもいい気分だぜ」
「はぁ、それも本心なんだから困っちゃうなぁー」
ジョーカーは、軽くため息をついた後、
「じゃさ、あなたに、わたしの後任を託していいかしら?」
と話しながら、目の前でその仮面を脱ぎ始めた。
おれには訳がわからなかった。
おれがジョーカーの代わりだと?
それって、こっちで死人を裁けってことだろ?
そんな偉そうなこと、おれにできるわけ……
「いいえ、今のあなたなら、できるわ」
ジョーカーが笑顔で言葉を返した。
久しぶりに目にしたジョーカーの素顔は、
前とは別人のように、優しい表情に見えた。
「おれはずっと無に生きるんじゃないのか?」
「ううん、あなたをあそこに眠らせておくには、もったいないでしょっ」
「でも、おれには知識もないし……」
「そんなのわたしが教えてあげるって」
「そう言われても……」
「わたしはあなたのおかげで、過去の自分を許せたの。忘れてた感情が戻った。でも、感情が芽生えた時点で、わたしは裁判官として失格……それに、禁忌も破っちゃったしね」
「禁忌って?」
ジョーカーは、少し頬を赤らめて、素早く顔を背けながら、話を続けた。
「あー、そんなのいいって! あなたならできる……わたしとは違うけど、今のあなたの感情はもうブレたりしない。感情に流されないのが裁判官にとって最も大切なことなの」
と言っておれに手を差し出した。
ジョーカーの差し出す手を見て、少し躊躇した。
「おれなんかに……」
「もー、そんな言い方ダメなんでしょ? それにケイがあっちに行ったから、わたしの後釜がいないんだって、お願いっ」
ジョーカーはそう言っておれの手に触れた。
ジョーカーの手のぬくもりが、心に染みた。
病院で最後に彼女の手から感じた温もりと同じだった。
手の温もりに触れると、心が落ち着いてくる。
そして、優しい気持ちになっていくのは、
きっと相手の思いが伝わってくるため……
今までそんな大事なことに気づいてなかったんだな。
それに気づけたのは、ジョーカーに出会えたから。
そんなおれに、彼女の提案を断る権利なんてない……か。




