闇の中
気がついたとき、おれはまた、あの闇の中にいた。
「また、ここか。ま、仕方ないよな」
誰に言うでもなく、おれは呟いた。
思ったより早く帰ってきたが、もう十分だろ。
ここでずっと眠りながら、思い出と一緒に過ごすのも悪くないさ。
前回は何とかして記憶を忘れようとしてた。
でも、無理に忘れようとすればするほど、苦しかった。
過去は消えずにむしろ、どんどん心に深く残っていった。
でも、思い出は単なる過去じゃないと理解できた。
今も心の中にあって、いつでも呼び起こせる。
彼女の声、笑顔、最後に触れたあの温もりが、今もなお生きている。
それだけで、おれはもう満足だった。
真っ暗闇の中、ここで静かに流れていく時間が、
まるで胎内にいるような穏やかな感覚に変わった。
どれだけの時間が過ぎたかもうわからなくなっていた、
ある日、
「光?」
いきなり、目の前に強い光が差し込んできた。
それは、あのときと同じだった。
案の定、あの声が聞こえた。
「やっと戻ってきたのね。ま、わたしはどーでもよかったんだけど」
ジョーカーのツンとした口調が耳に心地いいわけないのに、なんだか懐かしかった。
「つか、なんでまたお前が来る? おれはこの闇の世界で過ごすんだろ?」
「うるさいわね! これも仕事なんですの。あんたは『もう十分』とか言って、中途半端に満足してるみたいだけどさ」
「うっ……」
そうだ、彼女にはおれの考えていることは全てお見通しだったな。
「……たしかに今までは無理に忘れようとして、ずっと心の中でモヤモヤしてたさ。でもな、思い出も悪いもんじゃないんだなって思えるようになったんだ。これもジョーカーのおかげさ」
「……そう。なら、そうしておけばいいわ」
ジョーカーは素っ気なく言ったけど、何だか顔を赤らめている気がした。
もしかして、ちょっと照れてるのか?
おいおい、なんでだよ?
「お前、ちょっと優しくなったか?」
「なっ……なんでもないわよ! 余計なお世話! ……じゃなくて、あなたに知らせてって、ケイから連絡が届いたの。彼女についてだけど、知りたい?」
彼女のことと言われて、おれは真顔に戻って黙ってうなずいた。
「……辛い知らせでもいいの?」
「もう今さら辛いことなんて、ないだろ?」
「じゃあ、遠慮なく伝えるわ。もう、あちらでは5年が経ったの」
「そっか、こっちの世界で過ごしてるとわからないな」
「ええ、ここでは、100年だってあっという間だし」
「それで、彼女はどうしてる?」
ジョーカーは少し間をおいた後、静かに答えた。
「結婚したらしいわよ」
「……そうか」
「しかも、あなたの親友とね」
「ああ、それならよかった」
「……へぇ、本心みたいね」
「もちろんだろ。あいつなら、彼女を幸せにできるさ」
「でも……あなたにも、できたんじゃないかしら?」
その言葉を聞いて、あの頃の自分を思い出していた。
そして、改めておれは思った。
感情的になることなく、冷静にそれを言葉にできた。
「いや、あの頃のおれには無理だったな」
「やけに素直なのねー」
「これも、あっちにもう一度、戻らせて彼女と話せたおかげさ」
「あっそ。あんたがいなくなってもしっかりと未来を歩んでるみたいだし、これで彼女も幸せになれるかしら」
その言葉が、心にじわっと染み込んでくる。
なぜだろうか、別に悲しくなかった。
むしろ、ホッとした。
彼女が幸せなら、それでいいんだ。
向こうに戻ったのは、おれのためじゃない。
彼女のためだったんだからさ。
「……そうだな、きっと幸せになる」
「あと、もう一つ言わなくちゃいけないことがあるの……」
ジョーカーはそう言って、闇の中から近づいてきた。




