表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/57

私の側

「……っ……」


重たいまぶたがようやく開いた。


横を見ると、彼女が座っていた。

目を真っ赤にして、この手を握っている。


後ろには、医師に看護師、あと家族らしき人たちが数人立っていた。

その中には、ケイの子供姿も見えた。


彼女がゆっくりと、でも強い言葉で周りに言った。


「少しだけ、二人きりにさせてください」


誰もが無言でうなずき、部屋を出ていった。



どれくらい意識がなかったんだろうか?


それを訊ねたくて声を出そうとしたが、口が開かない。

どうやら肉体が、自分の意思に反応できないらしい。


つまり、そういうことか……


「……ごめんね、おじいちゃん」


彼女がそっと手を包みこんだ。


「気づいてたんだ。ずっと、無理してたこと。本当は辛かったんでしょ。苦しかったよね……」


彼女の言葉を否定したいと思っても返事が、できない。

ベッドの中にいるはずなのに、身体が凍るように冷たい。

いや、これは硬直し始めてるのか……


おれは彼女をただぼんやりと見てるしかなかった。


「……ねぇ」


彼女が、小さく声を落とす。


「前に公園で、好きだった人の話したこと覚えてる?」


ああ、もちろん覚えてるさ。

生きていたとき、彼女とあの公園で過ごした場面まで、

今もはっきりと覚えている。


「その人、あんま自分から話さなくてさ……でも、変なところで優しくて、それが伝わってきたの」


彼女は少しだけ、困ったように笑った。


「……なんか、不思議だよね」


そう言って、手を伸ばすと、しわだらけのこの手をそっと包んだ。


「最近のおじいちゃん見てると……その人のこと、思い出すんだ。なんか、おかしいよね」


硬直していた身体に電気が走ったように、彼女の言葉に身体が反応する。


「でも……もし、もしだよ?」


視線を落としたまま、彼女は話を続けた。


「その人が、今も見ててくれてるなら……伝えたいんだ……」


彼女は、ぐっと唇を噛んで何かに耐えるように声を絞り出す。


「わたしの思い出の中で、あなたはずっと生きてるから。また会おうねって」


その言葉を聞いておれの胸の奥が、熱くなった。

冷たく硬直していた、この身体を溶かしていくように……


ああ、だから、これからもちゃんと生きていくんだぞ。

おれはもう見守れないが、お前のことをいつも思い出すよ、約束だ。


声にはならない言葉を、おれは心に押し込んでいくと、


「……うん」


彼女は、まるでそれらを感じ取ったみたいに、かすかにうなずいた。


「死ぬんじゃないよね……」


自分に言い聞かせるように彼女は、言葉を続ける。


「わたしの中で、ずっと生きてるんだよね……彼も、きっと、そう……」


半泣きな表情になんとか笑顔を作りながら話す彼女の顔が、少しずつ近づく。


「おばあちゃんと……これからも天国で、ずーっと仲よくね」


おれは心の中で呟いた。

たとえ見守れなくても、彼女はもう大丈夫だ。

それに、何かあっても、ケイが側にいてくれる。


「ありがとう……もう少し……もう少しだけ、私の側に……」


彼女が泣きながら、おれを抱きしめると、

その温もりが、弱りきった身体の隅々に伝わっていった。


赤ん坊のころ、母親に抱かれているときって、

きっとこんな感じだったんだろうな……


彼女の温もりとともに意識がゆっくりと遠のいていく。


「おじいちゃん――!」


叫び声が、徐々に遠ざかっていって、視界がゆっくりと暗くなって……


最後に記憶に残ったのは、


彼女がずっと幸せであってほしい、というおれの心の声だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ