ベッド
気がつくとおれはまた病院にいた。
白い天井、消毒液の匂い、一定のリズムで鳴る機械音。
最初にこっちに来たときと同じ状況。
ただ、違っていたのは、そこは大部屋で、
おれの隣のベッドには、小さな子供が眠っていた。
(あいつも死ななかったのか……)
まだ、終わっていない。
ここで何とかしなければ……
おれはゆっくりと立ち上がって、
やつのベッドに近づいた。
改めて、よく見ると可愛い顔してる。
当たり前だけど、子供の寝顔って無邪気だな。
もし、おれがここでやつを殺したら、
彼女はどう思う?
たしか以前にも、そんなこと考えたな。
この小さな心の支えが消えて、
その上、ずっと信じていた祖父が犯罪者になったら……
彼女は、それでも祖父を責めることはない。
代わりに、自分自身を責めるに違いない。
おれが亡くなったとき以上に自分を責めるだろう。
おれは、彼女を追い込むために戻ってきたんじゃない。
これじゃ、本末転倒もいいところだ。
ジョーカーも結局、やつを殺さなかったわけだし、
それが答えだとしたら、消えるのはおれの方、か。
おれはそっと、眠る子供の頭を撫でた。
無意識の行動だったが、おかしい、と直後に気づいた。
触れた瞬間に走るはずの電流が、来ない。
「……なんでだ?」
その瞬間だった。
ぴくり、と子供のまぶたが震え、ゆっくりと開いた。
「……?」
次の瞬間、子供はにやりと笑って、
「久しぶりだねー」
その声を聞いて、おれはすぐに察した。
「もしかして……ケイか?」
「正解っ。なんかさー、こっちに来ちゃったんっすよ」
「来ちゃった、で済ませるなよ……」
ケイは肩をすくめるような仕草をする。
「まぁ、ジェーの代わりって感じっ」
「ジョーカーは、どこだ?」
「え、いないっす。色々と事情があって来れなかったんだなぁ。きっと今ごろは、向こうでモニターでも見てんじゃないっすか」
ってことは、あれはジョーカーでなく、全てケイがやったってことか。
「ええ、そうっすよー。つか、正確にはジェーから少し力を分けてもらったんで」
「なんで、そんなこと?」
「ジェーには、ちょっと借りがあったんでねー」
「……あいつはどうなった?」
「ああ? やつならさー」
ケイはあっけらかんとその結末を告げた。
「一緒に来た龍馬が食って捕まえたっす。もう、ジェーのとこに届いて地獄に送ってるんじゃないっすか」
「……そっか。あっけないもんだな」
でも、それじゃケイが向こうに戻ったら、この子供はどうなる?
おれと一緒で、向こうに行ってしまうんじゃないか……
「ううん、大丈夫っす。代わりに、ぼくがこの子になるって、ジェーにお願いしたんでっ」
ケイは少しだけ真面目な顔になって、更に言いたした。
「だから、ぼくがこれから先は彼女のことをちゃんと見守るんで、もう安心していいよ」
「……でも、向こうでの仕事はどうする?」
「代わりなんていくらでもいるっすよ」
「それもそうだな……」
「それに、ぼくが前に死んだのって、これくらいだったでしょ? これからのこと考えたら、ちょっと楽しいんだぁ」
「……もう一度、人生の続きってやつか」
正直、ケイのことが羨ましかった。
でも、こんなに小さくして死んだんだ。
おれなんかより、ずっと辛かったはずだし、
ジョーカーも、そこら辺を考えて許したんだろう。
それに、おれはまだ以前の感情が邪魔して、
彼女を見守るだけってのは無理そうだしな。
「じゃ、おれは先に行って向こうで待ってるわ」
「でも……また無の世界に行くんっすよね?」
「ああ、それでも後悔はないさ。おれが死んだら、彼女を頼むな」
「もちろんっす、いい人みたいだしねー」
「……ああ、最高だ」
「つか、のろけすぎっしょ」
「でも……まだまだ、不安定なとこはあると思う」
「その方が、人間らしいじゃんっ」
子供姿のケイが、にこっと笑いながら言った。
(彼女のためにその笑顔を保ち続けてくれよ)
「うん、約束したっす」
彼の笑顔を見て、おれはすっかり安心したのか、
すーっと意識が薄れていって、その場に倒れこんだ。




