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上半身

安全バーが緩んだ瞬間、

胸の奥から何かがすうっと抜け落ちた。


身体が座席から浮き上がろうとしたとき、


「安心して。ぼくが少し支えててあげる」


やつが手を伸ばして、おれの身体を支えた。

もちろん、子供の力ではどうにもならない。

おそらく、この時間を楽しんでいるだけ……


身体から離れていく安全バーを必死で抑えようとするが、

老人の力ではとうてい無理で、徐々に隙間が開いていく。


ジェットコースターが回転する手前に差し掛かかると、


「残念だけど、ぼくの限界はここまでかなぁ」


そう言って、やつはその手を離した。

最初から指先には力なんて入っておらず、

ただ触れた手を離す単なる作業のようだった。


どこかから見られていることを意識して、

念のために助ける姿を演じていたって感じか……


「じゃ、さようなら」


勝ち誇ったような、その表情は驚くほど穏やかで、

無邪気にジェットコースターを楽しむ本物の子供のように見えた。


「ぼくの大嫌いな、優しいほうのきみ……」


ジェットコースターが回転レーンに差しかかる。

視界が傾き始めて、おれの思考は朦朧としていた、


その瞬間だった。


「おじいちゃん!! 手、ちゃんと掴んでるっ!?」


後方から、彼女の声が突き刺さった。

後ろからでもわかるくらい、この身体は不安定に揺れているらしい。


細い彼女の手が後ろから伸びて、おれの左肩にかろうじて触れた。


「おじいちゃん、安全バーをしっかり掴んでっ!」


肩から伝わってくる彼女の精一杯の力、

それがまるで、命綱を引き戻すように、

遠くなりかけたおれの意識を戻していく。


おれは、目一杯の力で安全バーに手を伸ばした。


ギ、ギギィッ……


金属同士が悲鳴を上げる音が響いた。

安全バーが僅かに戻ったことで、

1度めの回転レーンでの落下は何とか免れた。


だが、上半身はまだ宙に浮いていて座席に接していない。

その状態で横殴りの風が身体をちぎるように引っ張っていく。


「追い詰められてるその顔、いいねぇ」


横から、やつの低い吐息が漏れた。


「ねえ、早く誰か、止めてっ」


後ろで彼女がそう叫ぶ声が聞こえるが、

コースターの機械音が全てをかき消していく。

そもそも誰かが気づいたとして、すぐに止めるのは不可能だ。


「次の回転で終わっちゃうかぁ、残念だなー」


やつの顔をなんとか横目で捉えた。

穏やかに、笑っている子供の顔、

その瞳の奥は満足感に輝いていた。

彼女が悲しむ姿、おれが落ちて砕ける姿。

それらを、すでに確信したような眼差しだった。


そのとき、おれはどんな顔だったんだろう。

怯えすぎて死にかけの顔をしてたんだろうな……

いや、元々が死にかけだったんだし変わらないか。


だけど、彼女から次の言葉を聞いたとき、

おれの心は揺すぶられ、身体の全身から恐怖が消えた。


やつはその言葉を聞いてどう感じただろう?


雑音がひどくてハッキリとは聞き取れなかったが、

彼女は確かにこう叫んだ、


「#@#@たすけてっ」


それは間違いなく以前のおれたちの名前だった。

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