カチリ
安全バーが下りていくと同時にカチリ。
小気味いいロック音が響いて、ジェットコースターは徐々に進みはじめた。
「お前も哀れだよな、そんな身体でここに来るなんてさ」
やつが耳元で囁く。
「なあ……どうして彼女をそんなに恨む?」
おれが問いかけると、子供っぽく目を細めて笑いながら言った。
「おいおい、それ聞くか、お前もわかってるだろ? あいつに裏切られたからさ」
「……それは仕方ないだろ」
「はぁ? 自分だけ未来に進んでいって、すぐに過去なんて忘れていくんだぞ。おれたちが出会ったのに何の意味もなかったんだぜ」
風が強まり、ジェットコースターは頂上へと登っていく。
カタカタという軽い音が、やけに遠くに聞こえた。
おれが質問に答えないでいると、さらに言葉をつけ足した。
「おれたちは、本気で彼女を好きだったよな? 今でもあの頃のことはしっかりと覚えてるし……お前も忘れてないんだろ?」
正直、やつの言いたいことは理解できる。
実際、おれは死んだ後、彼女との思い出、記憶だけが頼りだった。
あの無の真っ暗な世界で何とか過ごせたのも、そのおかげだった。
「でも、それはこっちの都合だろ?」
「さすが、善人の意見だ。でも、それは綺麗事だろ。おれは彼女に同じ思いをして欲しいんだよ、一生忘れられない過去ってのを刻んでやるさ」
「そのために、おれを目の前で殺したいわけか……」
高台の頂点に近づくにつれて、風が強く鋭く変わっていった。
レールの継ぎ目を踏むたび、腹の底がほんの僅かに浮き上がり、
心臓が、そのたびに不規則な脈を打った。
目を下に向けると、ひどく暗い谷間が広がっているようだった。
夜でもないのに、陽光がそこだけ落ちていないような灰色がかった景色。
まだ起きてもいないはずなのに、そこへ落ちる自分の姿が妙に鮮明に想像できた。
「……心臓の弱い老人には、この高さを見るのも危険かもな」
あいつが、肩に額を寄せるようにして囁いた。
「でも、安心しな、そんな恐怖もあと少しだ。ここから落ちたら、きっと一瞬で消える」
やつの指先あたりで、ピッと小さな電子音が聞こえた。
そのとき、カチリ。
安全バーから音がした。
「な、なんだ?」
わずかな違和感に眉を寄せた瞬間、
「ねえ、それ……ぼくが隣に座ると壊れちゃうんだ、どうしてだと思う?」
やつは子供の口調に戻ってレバーを指差しながら話しかけてきた。
何が言いたいのか意味の分からない説明だった。
だが、やつはポケットから何かを指で弄びながら、無邪気な声で続けた。
「昨日さ、その席の根元に少し細工をしたんだよ。もちろん、普通の人が使っても全然大丈夫。でも、ぼくが隣で合図を送ったら、こんな風にロックが噛まなくなるんだよ」
「お前になんでこんなことができる? お前はおれだろ?」
「うん、そうだよー。でもさ、生まれ変わった環境が違うとこうなっちゃうんだなぁ」
「誰かの入れ知恵か?」
「うちのパパ、電気系統に詳しくてさ、子供相手だし何でも教えてくれた。でも安心して、今って車で言う半ロック状態だから、そのままだと完全に解除はされないの。でも……」
ピピッ、小さな電子音がもう一度、響いた。
「こうやって、逆電流を流してあげると……」
言葉に合わせるように、安全バーが、わずかに浮きあがった。
「ほらね。完全に解除されるってわけ」




