正しさ
暗い室内に、淡い青の光がちらちらと瞬いていた。
壁一面を覆う巨大なモニターをジョーカーは見つめていた。
「……そんな顔、するんすね」
背後から聞こえた声に、ジョーカーは眉をひそめた。
振り向かずとも、誰の声かはわかる。ケイだ。
「助けに行かないんっすか?」
軽い調子の言葉。しかしその裏には、確かな探りの色があった。
ジョーカーは、しばし無言のまま画面を見つめ続けようやく、小さく息を吐いた。
「行かないわ。もう、関わらないと決めたもの」
「ぼくとの約束っすか?」
「いいえ、これはわたし自身に、そして、彼に対しての約束よ」
ケイはわざとらしく肩をすくめた。
「でも、このままじゃ、負けるっしょ?」
「ええ……おそらく、ね」
「おそらくじゃなくって……その映像が届いてるってことは、もうすぐこっちに来るってことっすよ?」
「ま、そういうことかしら」
ジョーカーの答えは淡々としていた。
まるで、誰かの運命をただ数字で読み上げているだけのように。
ケイの口元から笑みが消えた。
「それなのに、何もしないんすか? それで本当にいいんす?」
ジョーカーの指先が、ふるりと揺れる。
モニターの中で、男はふらつき歩くのもままならない。
その横にいる子供の瞳は黒く濁り、口元には笑みが見える。
「女神というのはね、特定の誰かを救ってはいけないの。世界を均すために存在するものだから。誰かひとりに傾いた時点で、秩序は壊れる」
「でも、ジェーは、その禁忌をこのまえ行ったっすよね?」
「ええ、反省してるわ。だから……」
「それで、もう見殺しにするってことっすか?」
「見殺しじゃない。彼には、彼の運命がある。それを侵すのは、わたしの単なる傲慢、だった」
「……へぇ、言葉にすると綺麗っすね。でも、それって逃げてるだけじゃないんすか?」
ケイの声は低く、静かだった。
それでも、ジョーカーの胸の奥をまっすぐに貫いてくる。
「わたしは……」
ジョーカーは唇を噛んだ。
「わたしは、もう人間じゃない。だから、感情で動いちゃいけないの」
「……そうっすか」
ケイは短くそう言って、視線をモニターに戻した。
子供の足が伸びて、男の足を引っ掛けた。
男は、体勢を崩してその場にしゃがみ込んだ。
その瞬間、ジョーカーの目がわずかに見開かれる。
けれど、体は動かないし、何も言葉にしなかった。
ケイはそんなジョーカーの様子を見つめていた。
その瞳には、ほんの少しの失望が滲んでいた。
「それじゃ、前のジョーカーと何も変わってないっすね」
「……前の、って?」
「ロボットのように感情を殺して、正しさだけで自分を誤魔化してたころっす。そうやって、あの人を見捨てるんすね。がっかりです」
そう言い残して、ケイは踵を返した。
ドアが開く音、そして静かに閉まる音が部屋に響いた。
ジョーカーはひとり、暗い空間に取り残された。
彼女の視線の先にあるのは、ずっと見てきた男の姿。
一人で見ているうち、ジョーカーの頬を一筋の涙が伝った。
それが何の感情によるものなのか、彼女にはわかっていた。
「……これが、女神としての選択、なの。ごめんなさい」
絞り出すように声を発すると、
ジョーカーはそっとモニターの明かりを落とした。




