3名様
「ジェットコースター、一緒に乗ろっ、おじいちゃん」
その言葉は、まるで子供の遊びの提案のように無邪気だったが、
その瞳の奥にあったものは、やつが秘める氷のような冷たさだった。
(ここが、やつの選んだ場所か……)
あいつの言葉を聞いて、彼女は慌てて否定する。
「そんなの無理に決まってるでしょっ、おじいちゃんは病人なのよ」
そりゃそうだ、今、ここにいること自体、あり得ないのに、
あんなものに乗ったら、病状悪化はもちろん、心臓麻痺の可能性もある。
普通は、乗らないさ。
普通、ならな……
やつは彼女の言葉に対して、何の返事もしない。
それは、おれの返事を待っているから。
おれは、この瞬間のためにここに来た。
だから、返事はこれしかなかった。
胸の中で、心臓がゆっくりと、しかし重く脈打ちながら、
「……ああ、乗ろう」
おれは頷いた。
「ええ?」
戸惑う彼女に、おれはもっともらしい言葉を返す。
「別に身体を動かすわけじゃない、乗ってるだけだ。せっかく遊園地に来たんだから一つくらい楽しまないとな」
「……そうだけど。じゃ、体調が悪くなったらすぐに言ってね」
「ああ、わかった」
二人のやり取りを聞き終えると、やつは口を開いた。
「じゃ、ぼく、おじいちゃんと一番前に乗りたいよー、ね、いいでしょ?」
「もう、わがままねぇ、おじいちゃん、いいかな?」
「ああ、もちろんさ、心配ない」
不安そうにおれの方を見る彼女とは対照的に、
無邪気そうな笑みを浮かべるやつの表情。
「おじいちゃん、ありがとっ」
やつは、嬉しそうにおれの手を取って乗客が並ぶ列に連れて行った。
列の階段を登っていくにつれて、風がやや強くなった。
「おじいちゃん、足元に気をつけてねー」
杖を突きながら歩く老人を、小さな子供が気遣う微笑ましい光景、
普通ならそんな風に見えただろうが……
次の瞬間、おれの足元がふらついた。
靴底が鉄のステップを滑る。
何かで足を引っ掛けられた。
「っ……!」
とっさに手すりを掴み、なんとか転落は免れた。
「……えっ、大丈夫?」
彼女が心配そうに振り返る。
「平気だ。杖をまだ使い慣れてなくてな」
おれは微笑んでみせた。
「おじいちゃん、ほんとに気をつけてよ~。もし転んだら、骨とか折れちゃうかもだし」
と喋りかけてきたやつの顔にはうっすら笑みが見えた。
(そうだな、お前の足には気をつけるよ)
でも、ここから転んだ程度じゃ死ぬわけがない。
となると、これは単なる挨拶代わりってことか……
やつの足元に目を配りながら、何とか乗り場に到着すると、
「ここで杖は置いていただきますが、大丈夫でしょうか?」
スタッフがおれの姿を見ながら、心配そうに声をかける。
「ええ、問題ありません。孫たちも一緒ですし」
「かしこまりました。では、3名様ですねっ。こちらへどうぞ!」
「ぼく、一番前がいいっ」
おれとやつは一番前、彼女がその後ろの位置に進んで、
おれたちはジェットコースターに乗りこんだ。
「いよいよ、だな」
おれの隣で、やつが小声でそう呟いた。




