命の音
夜が沈んでいくたびに、病室の空気はますます冷たく、重たくなっていった。
天井に滲む街灯の光が、まるで誰かの視線みたいにぼんやりと揺れている。
おれはベッドに横たわったまま、天井を見つめていた。
焦点なんて合ってない。ただ、思考だけが深い底へ沈んでいく。
明日、あいつが、彼女を遊園地へ連れていく。
この街にある遊園地はひとつだけで、見つけるのは簡単なこと。
問題は、どうやってそこへ行くか、だ。
あいつのやり口は分かっている。
いきなり彼女に手は出さない。
ゆっくり近づいて、心を開かせて、信じ込ませて……最後に壊す。
完璧なペースで、綺麗に。
それを、おれの目の前でやるつもりだ。
分かってるさ、これは罠だって。
それでも、おれは行かなくちゃならない。
ただ、この老いぼれた身体を動かせるかが問題だ。
誰にも気づかれず、病院を抜け出すなんて今のおれには無謀そのもの。
今日の件で警戒も強まってるはずだ。
もう、外出許可なんて甘い言葉は出てこないだろう。
だったら、こっそり無理やり、行くしかない。
この身体で、か……
足先に力を入れようとしても、感覚がない。
鎮痛剤が深く染みて、血の流れさえ他人事みたいだ。
「焦るな、落ち着け……」
頭ではわかってる。けど、心はもう走り出していた。
祖父として、彼女を守る。
たとえ、この身体が動かなくても、心で抗うしかない。
……それでもやっぱり、思ってしまう。
心まで祖父にはなりきれない、
結局、おれはまだ彼女を忘れられていないってな。
ジョーカーの言葉が脳裏をよぎる。
「心というものをすっかり抜かれました。今では、ロボットと言ったほうが正しいでしょうか……」
あのときは、哀れだと思った。
でも今は、それが羨ましいな。
心なんて、ないほうが楽だ。
このどうしようもない感情。
逃げ出したくなる弱さと、それでも誰かを想う強さ。
……それが、心なんだろうな。
胸に手を当てる。
痩せた皮膚の下で、まだ心臓が不規則に打っていた。
ドク……ドク……と、確かに動く。
「……まだ、生きてる」
おれはまだ、この世界にいて、
彼女と、同じ時間を生きている。
どんなに情けなくても、足が動かなくても、命がある限り、
おれはあの場所に行く。
彼女を救うために。
そして、おれ自身が生きる意味を取り戻すために。
明日、すべてを決める。




