データ
部屋の外をジョーカーがそのまま通り過ぎようとするのを見つけて、ケイは声をかけた。
「ジェー、おかえりなさーいっ」
ジョーカーは顔をチラッとむけて、また歩き始めようとしたが、
「ねぇ、なんかおかしいんっすけど」
その言葉に反応してジョーカーは、振り返ると、
「……何が?」
そっけなく返事をかえした。
「こっちに届いたデータが、消えてるんっすよ」
「データって、何のことよ?」
「へぇー、そーくるんっすね」
ケイの声には、若干の皮肉が滲んでいた。
「あの人、ほんとはもう死んでるっしょ? ぼく、見たんすよ。例の死ぬ直前のデータってやつ」
「……それって、禁忌事項よね」
「いや、正当な業務っしょ」
「データは全て、向こうの世界で死んだことが確認された、そのあとに見るもの。そう教えたわよね?」
「……今はそこじゃないっす。あの人は、例の注射で亡くなった。だから、データがこっちに送られてた。なのに、何で、まだ生きてるんっすか?」
「きみは、まだまだたくさんの事例を知らないわ」
ジョーカーは、相手を諭すように冷たくも優しい口調で話を続ける。
「言っておくわね、そういった現実的には考えられない蘇りって、実際にあるの……」
「どうやら、そうみたいっすけど……それ奇跡ってやつっすか? それとも……」
「あのね、人間の生命力は、想像を超えることがあるわけ」
「へぇ、ぼくにもそんな生命力あれば、ここにいなかったんすけどねぇ」
「こればかりは、誰にもわからないことなの」
すぐに返事をかえしてくるジョーカーのペースに負けて、
「ま、そういうことにしときましょ。何を言っても論破されるだけっすね」
と言って、ケイは肩を少しだけすくめた。
「何のことかしら、とにかく、きみは私の代わりに仕事をこなしてればいいのよ」
「そうっすねー。にしてもさ、ジェーの方は仕事もしてないのに、すごく疲れてるみたいっすけど、どうしてですか」
さっきまでと違って、ジョーカーの口はすぐに開かなかった。
「まるで誰かさんに、その体力を吸い取られたみたいっすね」
「……そういった憎らしい言い方、好きじゃないわね」
「何であの人に生命力を、分け与えたんっすか? もちろん、そんな力持ってるのは、わかるっす。けど、勝手に使ってもいいんすかねー」
視線を落としたジョーカーは、かすかに吐息を漏らしながら言った。
「こっそりあのデータを処分したつもりだったけれど……これって、きみに嵌められたのかしら。とにかく、すべてが終わったら、その責任は取るわ」
「へぇー、ってことは、あなたは罪を犯したのを認めるんっすねー。ジェーらしくないなぁ」
「……はいはい。もうこの話はおしまいね」
終わらせようとするジョーカーに、最後の一言が投げられた。
「もうひとつ、いいっすか? あの人を好きなのに、何で早くこっちに呼ばないんすか? やってること、矛盾してないっすか?」
しばらくジョーカーは黙っていたが、
言葉を選びながら、慎重に話を始めた。
「好きだから近づけないの、自分は好きだけど、同じくらい相手にも他に好きな人がいる。その状態でそばにいても、苦しいだけよ……まあ、きみにはわからなくていいわ」
「……はぁ、ぼくにはまだムリっすね」
「とにかく、今後もうわたしは彼には関わらないし、何もしない。それでいい?」
「それも、本心かどうかよくわからないっすけど……じゃあ、貸しをひとつってことで、いまは内密にしておきますねー」
ジョーカーはそれには応えず、黙ったままその場を離れていった。
けれど、その沈黙の裏では計り知れない複雑な感情が、蠢いていた。
まだ心を読むことに未熟なケイでさえ、その感情がはっきり伝わってくるほどに……




