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ブザー

ノックの音が静寂を切り裂いた。


「失礼します、注射の時間ですがよろしいでしょうか?」


看護師が入ってきた。


「あ、お願いします」


このタイミングで来てくれたことに感謝した。


「じゃ、きみは外で待っていたほうがいいな」


やつは声色を変え、無邪気な声で言った。


「うん、注射嫌いだもんっ」


「ごめんねー、外で待っててもらえる?」


「はーい」


意外にもやつは素直に出ていこうとして、


部屋を出る前に、一度こちらを向いて言った。


「あ、いいこと教えてあげる。明日、お姉ちゃんと遊園地に行くんだよ。楽しみだなー」


遊園地? そんなこと聞いてないぞ……


もしかして、やつはそれを伝えるためにここに来たのか?


だとしたら、おれに対する誘い文句ってこと?


さすがにここではどうしようもできない。


だから、対決の場所を知らせてきた、のか……


などと考えていると、


「お孫さんですか? 可愛いですねー」


注射しながら看護師が声をかけてきたので、


おれは「あ、はあ」と言葉を濁した。


数分で注射は終わり、


「何かあったら呼んでくださいね」


と言い残して看護師が部屋を出ていくのと、


入れ替わるように、彼女が買い物から戻ってきた。


「あれ、あの子は?」


「外にいなかったか?」


「うん、見なかったけど」


「さっき注射のときに、看護師さんに言われて出ていったんだが……」


彼女は不満そうにため息をつながら、


「ほんと、子供って自分勝手なんだから」


と言いつつも怒っている様子は全くなかった。


はい、これ、と言って歯ブラシを差し出したので、


受け取ろうとして、手を差し出した瞬間、


突然、頭がぐらりと揺らぎ、視界が歪んだ。


と同時に吐き気が込み上げてきた。


「おじいちゃん、どうしたの!」


おれの姿を見て彼女が慌ててベッドの横のブザーを押すが、反応がない。


何度押しても音が届いていない。


彼女は慌てながらも、そのコードを確認した。


「ねえ、これ切断されてる」


やつの仕業か……


彼女はすぐに部屋を出て看護師を呼びに行った。



「どうしました? また発作ですか?」


すぐに、看護師の声が聞こえてきた。


「ち、注射が…」


そのあとの言葉が、声にできなかったが、


間もなく別の看護師が部屋に入ってきて、


「さっきの注射、隣の病室の患者さんのですよ!」


叫びながらそう告げた。


「そ、そんな……ちゃんと確認したはずなのに」


看護師たちのやり取りをかき消すように、彼女の声が聞こえた。


「おじいちゃん、大丈夫? 死んじゃだめだよ!」


頭の中で、さっき聞いたやつの言葉が蘇る。


(……彼女の目の前で死ねよ。死ぬところを見せて、彼女をボロボロにするんだ)


やつはどこにいる?

この様子を薄暗い笑みを浮かべながら見てるのか?


でも、おれはまだ死ねないし、死にたくない。

ここで死ねば、やつの思い通りになってしまう。

彼女の心がまた壊されてしまう。


それだけは絶対にあってはならない。


ジョーカー、お前もこれも見てるんだろ?

お願いだ、何とか、してくれ……


「おじちゃんー、おじいちゃ……」


彼女の声が次第に遠くなり、そして消えてしまった。

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