安定剤
ジョーカーは、
「以上、終わり」と言って彼らの話を終えた。
「なるほどな」
「あなたの中身の人生をご理解いただけたかしら?」
「だいたいな。だから、娘も父親の死の選択を受け入れているわけか」
「実際、安定剤の効果はあったでしょうね。あまり悩まずに眠るように亡くなったんだから。あ、失礼、前の宿主のお話ね」
「ああ、わかってるさ」
「それまでは食事も最低限で、ベッドに転がって、何かぶつぶつ呟いている。生きる意思のない抜け殻だった」
「身内はそれを見てられなかったよな」
「ええ、だから良かったんだけど、治療は放置だったから体力面では弱るばかり。もし、奥さんが生きていたら治療をたとえおこなわなくても、その存在が生きる糧として延命を支えたのに」
「病は気から、ってのと同じか」
「そうね」
「でも、自分が癌になったことを隠すのがそんなに悪いことか? むしろ気遣いだろ?」
「そう考える人もいるわ、でも、考えてみて。もし、奥さんがそれを知らずに男が先に亡くなって、そこで初めて癌だと知って抗がん剤の治療をしなかったのは、自分の看病をするためとわかった。さあ、どう感じるかしら?」
「さすがに憎しみまではいかないが、裏切られた思いはあるかもな」
「ふむ、今のあなたに対するわたしの気持ちが、ほんとそれなのよ、わかってる?」
「ああ……そうだよな」
「この男みたいに安定剤を飲んで、今の状況から逃げつづけたいの?」
ジョーカーは、これを伝えるためにすべてを話してくれたのか、
男の奥さんと同じように、おれに対して怒りもあっただろうに、
見捨てずに、もう一度、目の前に現れてくれたんだ。
その気持ちに応えないで、どうするよ。
「いや、最後の最後まで後悔はしたくない、な」
「はぁ、何とか伝わったみたいね。じゃ、娘さんをお返ししますわ」
ジョーカーがそう言い終わると、目の前にいた娘が急に涙目になって、
「何もしてあげられなくて、気づけなくて本当にごめんなさい」
と何度も頭を下げてきた。
この父親がどんなやつだったかわからないし、
おれがその代わりになれるはずもないが、だからって、
自分の娘をこんな風に泣かせたり、心配させたらダメだろ。
おれは一人の人間として、この女性を不幸から守りたいと思った。
だとすれば、その子供である彼女も当然、守らなければならない。
「なんで泣くんだ、おれはまだまだ死なないぞ。1日でも長く、お前たちの人生を見守っていくぞ。天国じゃなくて、いま、こっちの世界でな」
母親はおれの言葉を聞いたあと、何度も頷きながら、
「そうね……そうだよね」
繰り返し小さな声で呟いている姿を眺めながら、おれは誓った。
(ふたりの女性のために、残りの時間を生き抜くことを)




