心持ち
翌朝に妻の死体を発見したときに、男はどう思っただろうか?
そんなに恨まれていたなんて、微塵も思ってなかっただろう。
むしろ、自分の死を投げうってでも奥さんを助けたかったくらい、
一途に愛していた。
……待てよ、
それって、今のおれと似てやしないか?
「気づきましたか、ちょっとしたすれ違いで愛と憎しみはがらりと変わります」
「ああ、それは間違いない、経験したからよくわかる。で、その後どうなった?」
「想像できるんじゃないですか? あなたと一緒でおかしくなってしまいました。ただ、心はひとつですから、悲しみや憎しみ、虚無、脱力、苛立ち、無気力、幻覚といったあらゆる感情や感覚に襲われたようです」
「辛かっただろうな」
「でも、真実を知らなかった分、良かったのかもしれません。仮に自分のせいだと知ったら、ただただ、罪の意識で自分を責めるばかりで、他の感情なんて沸かなかったでしょうね」
「その場合、奥さんのあとを追っていたかもな」
「ええ、娘さんはなんとなく気づいていたようですが、こればかりは伝えられなかったようです」
「でも、あっちの世界で裁かれるときには、真実を告げられるんだよな……って、待てよ。その男はもう死んでるじゃないか?」
「はい、あなたがその身体に入れ替わったと同時に、わたしの前に現れましたよ」
「で、事実をすべて伝えたのか?」
「もちろんです。その上で、天国に行きたいかどうか尋ねました」
「その返事は?」
「妻のいるところに行きたいと答えました」
「それって、自殺だからあの闇のなかってことか?」
「いいえ、奥さんは彼に憎悪があったことを認めましたし、仮に元気な姿だったら、自死でなく目の前の相手を殺していただろうと告白しました」
「ってことは……」
「ええ、夫婦そろって、今は仲良く地獄にいますわ」
「そうか、最悪な結末だな」
「いいえ、それはこれからの二人の心持ち次第です。一生、地獄と決まったわけじゃないですからね」
「あ? 地獄だよな?」
「人にもよりますが、地獄での拷問に耐えることで、心が洗われることもあるんです」
「改心できるってことか?」
「もちろん、その心によりますが、特に愛情と憎悪が絡みあっている場合、その感情は紙一重です。そこを理解できたときには、地獄から離れることもできるかもしれませんね」
「その言葉、おれの分身にも聞かせてやりたいな……」
「そうですね、でも、その心が完全にふたつに別れた場合、あっちには憎悪しかないってことですから」
「ああ、無理な話か。じゃあ、せめてあの夫婦には幸せになってもらいたいな」
「ええ、わたしからもそう願いたいわね」
と話すジョーカーの口調は穏やかで、さっきまでの裁判官らしい姿は消えていた。




