奥さん
この女性はジョーカーの入れ替わりだと、すぐに理解した。
先日の言葉を聞いたとき、もう目の前に現れない気がしていた。
実際、数日間、何も起こらなかったし見放されたと思っていた。
なのに、今また目の前に彼女は現れてくれた。
ジョーカーはいつもどこかで見てくれている、
改めてそれを実感して、モヤっとしていた気持ちが少し晴れた。
「この前は……おれが悪かった」
「あら、あなたらしくない。それも後悔ってやつかしら」
「ああ、おれは後悔ばかりだ。期待してもらっても、何も応えられないダメな男だな」
「そうやって、自分で決めつけるわけね」
「きみだって、さよならって言ってたじゃないか。まぁ、呆れて当然だよな」
「えーと、そうだっけ? 部屋から出るときって、普通にそう言わない?」
「ああ、そう言うことにしておくよ」
「なんか、軽く流された感じ」
「ジョーカーに聞きたかったんだ。おれにはもう何も浮かんでこない、どうしたらいい?」
「それじゃ、このまま死を待ち受けるしかないわね」
「そっちも、あっさりした返事だな。この老人の限界はもう迫ってるのか?」
「ええ、延命治療を拒否してるのに加えて、今のそのメンタルじゃ悪化する一方でしょうよ」
「でも、それが本人の希望だったらしいな?」
「そうね、本人はすぐにでも死にたかったみたいだから」
さっきまで話していた母親の内容とリンクする。
すでに抗がん剤での延命はせずに、ただ、安定剤を服用する日々を送る。
安定剤を使って現実から思考を逃避させながら、思考の止まる死を待っている。
この老人には、そこまでして思い出したくない辛い現実があったのか。
「こいつは何でそんなに死にたがっていた?」
「仕方ないわ、本来なら個人の秘密だけど……その身体を引き継いだわけだし、少しだけ彼の記憶をあなたにも分けてあげましょう」
「ああ、聞かせてくれ」
「すべての原因は、あなたの奥さんよ」
「奥さん? 彼女はもう亡くなったと聞いたんだが」
「ええ、彼女は数年前に自殺したの」
自殺なら、この男は関係ないはずだよな?
ただ、この男は本来なら地獄に行くべき人間と話していた。
で、おれがその身代わりとなってこの身体を引き受けた。
ということは……
奥さんは自殺じゃないってことか?
「ええ、その通り。実際にはあなたが、奥さんを殺したってこと」
やはり、そういうことか、それなら話の辻褄も合ってくる。
だとしたら、どうしてこっちの世界では自殺の扱いになった?
「結局、証拠は見つからなかった。というか、奥さんは自分で薬を大量に飲んだから当たり前なんだけど」
「それって、殺してないよな?」
「……状況だけで判断するとそうなります。ただ、そうやって彼女が死を選ぶように仕向けたのは、あなたです」
あっちの世界で最初のころに出会った、裁判官のような口調を久しぶりに聞いた気がした。




