犯罪者
背中に痛みが走った、そのとき……
「キャーッ」
彼女の叫び声が周りに響いた。
「だれか早く来て! 通り魔よっ」
マンションのベランダに人が集まってくる。
男はナイフを手から離して慌てて、走り去ろうとしたが、
おれはとっさに片足を突き出して、やつを地面に倒れさせた。
この瞬間を待ってたんだよ。
「お前を殺すのは、おれだ」
目の前に落ちていたナイフを拾いあげると、
男の身体の上に馬乗りになって、
「一緒に地獄に行くぞ」
やつの心臓を目掛けて、ナイフを突き出した。
これで全て、終わりだ……
そう思ったとき、
「おじいちゃん、やめて!」
彼女の声に反応して、おれの手は固まった。
と同時に、やつはおれの身体を振り払って、
どこかに走り去ってしまった。
彼女が慌てて、おれに近寄ってくる。
「だ、大丈夫?」
「ああ」
「でも、背中に血が……」
「かすり傷だ、それよりなんで止めた?」
「だって、おじいちゃんが犯罪者になっちゃいやだから」
「あれは正当防衛だ。これじゃまた、あいつに付きまとわれるぞ」
「わたしは、大丈夫。さっきみたいに声を出したらいい。今まで怖くてできなかったけど、おじいちゃんのことを考えたら自然と叫んでた」
せっかく、あいつを捕まえる機会を逃してしまった。
しばらくは用心して簡単には現れないかもしれない。
おれは、それまで生きていることができるのか。
あそこが、とどめを刺す最大のチャンスだった。
だが、おれは彼女の言葉に祖父として逆らえなかった。
もし祖父が犯罪者になったりしたら、どれだけ彼女を悲しませるだろうか。
もうこれ以上、彼女が悲しむ姿など見たくない。
だとすれば、どうやって、やつから彼女を守る?
おれにはどうしたらいいか、わからなかった。
事実をぜんぶ、彼女に話せたらどれだけ楽だろうか。
でも、そんなこと言えるわけないし、
仮に言ったとして、信じるわけもない。
「くれぐれも、ムリはするんじゃないぞ。何かあったらすぐに知らせるんだ」
今のおれに言えるのは、それくらいだった。
その言葉を残して、おれは病院に戻っていった。
病室に戻ると、そのままベッドに倒れこんだ。
かなりの体力を使ったに違いない。
ひさしぶりに外を歩いたせいか、足が小刻みに揺れている。
さっきの取っ組みあいのせいで、腕にも力が入らない。
この身体で、おれはやつを消さなくてはならない。
しかし、それは彼女の祖父が犯罪者になるということ。
それじゃ彼女は幸せにならない。
いったい、どうしたらいい……
もう彼女の悲しむ顔は見たくない。
キャバ嬢になったのも、結局はおれのせい。
おれが関わったことで、彼女の人生を悪い方向に向かわせている。
目を閉じると、彼女の笑顔が浮かんできた。
この笑顔をもう決して奪っちゃだめだ。
だとすれば、彼女の祖父としてどうするのが正解だ?
何も浮かんでこない自分が情けなく、苛立って、ベッドに頭を叩きつけた。
突然、頭がくらっとして、おれはベッドの上で気を失った。




