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ナイフ

さて、やつの顔を拝むとするか。


男に向かってゆっくり進むが、

向こうはまったく気づかない。


耳もとにイアホンが見えた。

音楽を聴いてるとは余裕だな。


男の前で、立ち止まるとようやく気づいたらしく顔を上げた。


金色の長髪をなびかせて、顔つきもかなり整っている。

安物のホストって感じだが、死にかけの老人よりは全然ありか。


男はイアホンを取って立ち上がった。

おれより、10センチ以上は背が高い。

これじゃ、おれの勝てる所がひとつもない。


男はおれを見下ろしながら言った。


「なんだよ、おまえ」


「おれだよ、わからないのか?」


「はあ? おじさんだれよ?」


あいつじゃないのか?

それとも、人間になったら見分けがつかないのか?


おれにも、この男からやつの気配は伝わってこない。

幽霊のときとは違って、これじゃ、判断できないが、

こいつが彼女のストーカーであるのは、間違いない。


だったら、おれはやはり闘うしかないってことさ。


「おい、これ以上、おれの娘に近づくな」


やつを見上げながら、より険しい形相を意識して話す。


娘という言葉に、男の身体がピクリと反応した。


「……ち、父親かよ」


一種の賭けだったが、暗がりということもあって、

すんなりおれの言葉を信じたようだった。


「娘が怖がってるって、わかるだろ」


「そーか? 気づかなかったけどなぁ」


もちろん、男もあっさりは引かない。

この男がやつなら、むしろ当たり前か。

その目的は、彼女を殺すことだ。


とりあえず、この顔は役に立たないか。

となると次は……


「これ以上、付きまとうなら警察を呼ぶぞっ」


やつには、こんなセリフは無意味だと考えていたが、

人間になったいま、どうやら特殊な力は使えない様子。

仮に使えるなら、おれに何らかの攻撃をしただろうし、

そもそも、以前の力があるなら、彼女を殺すのも容易いはず。


「警察って言えばビビると思うとか、おじさん甘いねー」


と言ったあと、男はポケットに手を入れた。


「これ見ても、そんな強がり言えるのかよ」


電灯に照らされて、キラキラと手元に光るものが見えた。


また、ナイフか……


おれも、あんな風にナイフを握っていた。

しかも、彼女の前で、こんな風にちらつかせた。

最低なことをしたんだ。


「道具を使うなんて弱い証拠だぞ。サイテーだな、お前」


そのセリフの後に、以前のおれと同じだな、と言い加えたかった。


「あぁ? 偉そうにうるさいって、おまえ」


男はさっきの言葉が気に食わなかったようで、逆上してナイフを振り上げた。


その光景を目の前にして、おれに恐怖感はなかった。

どうせ一度、死んでるし、またあっちの世界に戻るだけ。


ただ、ひとつ気にかかることが頭を過ぎった。


もし、おれが死んだら、だれが彼女を救う?


おれが殺されたあとに、当然、彼女も狙われる。

それじゃ、こっちに戻ってきた意味がないだろ?


反射的におれは、頭から男に突進していった。

頭を男の腹部につけたまま、手を回して押し倒そうとしたが、

思った以上に力の差があったらしい。


男の身体は立ったまま、少しバランスを崩しながら、

ナイフを、おれの背中に向けて振り下ろしてきた。

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