傍観者
「ジェー、遅いっすよ。仕事、ぼくに丸投げとかやめてくださいって」
「あら、もう今日は終わったのね、お疲れさまー」
ジョーカーが部屋に入ると、ケイが机に座って書類の整理をしていた。
「で、今日は何人くらい裁いたの?」
「それって、人間だけの数でいいっすか? 全生物の集計はまだっす」
「ここの担当の数だけでいいわ」
「あー、日本は、3021っすねー、今日はまだ少なかったっす。でも、世界は20万超えたらしいっすよ」
「きっと、紛争のせいでしょう。日本もいつそうなるかわからないわよ」
「実際、無に行く人数は増えてるっす、なんででしょうねー」
「そのうちわかると思うし、いまは知らなくていいんじゃない」
幼くして亡くなった、彼にはまだ自殺という概念は理解できないものだった。
そもそも、死という感覚でさえ生きているときに、実感したことはなかった。
虐待されていたときも、その先にあるものが死だと意識したこともなかった。
長い眠りのあとで気がついたら、この世界にいた、ただそれだけだった。
ジョーカーは、そんな彼を誤って無に送りこんだことを後悔していた。
いや、当時はそんなこと思ってなかったかもしれないが、
以前の記憶を思い出した彼女は、同時に失った感情を取り戻した。
「つか、最近よくあっちに行ってますよねぇー、そんなにあの人が気になるんっすか? もしかして、好きなんっすか?」
ケイには、まだはっきりと相手の心を読むことはできなかったが、
その雰囲気である程度、察することはできるようになっていた。
ジョーカーもそれに気づいていたので、
「そうね、気になるのは事実かしら。でも、これは愛情じゃないと思うの。きっと、あの人に、前世の自分を重ねてるんじゃないかな」
と包み隠さず、返事をしたつもりだった。
「あー、前に話してましたねー、自分はあっちの世界に戻らなかったんで、もし戻ってたらどうなったか気になるんだって。それって自分の身代わりってことっすか?」
「ええ、そうよ」
「んー、それちょっと違うと思うっす。ジェーがあの人に重ねてるのは、自分じゃなくて、そのとき好きだった恋人じゃないっすか」
愛情とか、恋人とかといった特別な経験や感情などKの人生には無縁だった。
誰もが感じるであろう親の愛情でさえ、受け取った記憶が見当たらない。
ただ、こっちの世界でジョーカーと出会って、いろんな経験をするうちに、
その愛情がどんなものかを客観的には、わかりつつあった。
「よく分析できてるわ、ちゃんと勉強してるのね。これなら、わたしの後を任せても大丈夫かしら」
と返事をしたジョーカーは、内心、動揺していた。
だが、それ以上にケイが、自分でさえはっきりしなかった、
この気持ちを的確に指摘してくれたことが嬉しかった。
「だからって、また向こうに行こうと思ってるっしょー。つかさ、もしあの人を恋人と思ってるなら、なんであんなイジワルなセリフ言ったんっすか?」
「イジワル? ぜんぜん、あれは心のリハビリでしょ。体力もそうなんだけど、今のあの心じゃ、やつにはとうてい勝てないわ」
「そもそもが難しいっす。つか、ジェーが捕まえてあげたら、早い話じゃないっすか?」
「きみは、やっぱりまだお子ちゃまね、好きな相手を救うのは、本人でないと意味ないの」
「でも、その好きな相手が殺されたら、そっちのが意味ないっしょ?」
「ええ、もちろん救えないのは最悪でしょうね。それでも、他人の手で救われるよりは自分で救いたいって、思うのが本当の愛情なんじゃない。ま、そんな真っすぐな心を持ってる人なんて、めったにいないんだけどさ」
「なんか、最後のほうは単なるグチっすよ。でも、なんか言いたいことはわかったっす。とりあえず、ぼくは傍観者してまーっす」
そうふたりが話している間も、現世から届く彼の声をジョーカーはしっかりと聞いていた。
「そうね、所詮、わたしたちでは傍観者以上にはなれないんだろうな」
ジョーカーには似つかない、マイナス的な発言を聞いて、
「やっぱ、前となんか変わったっすね。その控えめな感じも悪くないっす。でも、それはぼくじゃなくて、あの人の前で見せた方がいいっすよ」
ケイもまた彼なりに、ジョーカーのことを気にかけていた。
「ほんとその通りよね。でも、勝ち目のない恋愛に足をつっこむほど、バカじゃないんだなぁ」
ジョーカーはため息をつきながらも、笑顔で返事をかえした。




