マスク
筋肉痛は数日で良くなり、リハビリを再開できるようになった。
その元気そうな姿を見て安心したのか、娘が見舞いに来る頻度も減った。
心配されているのは嬉しいが、どうにも監視されている気がして、
ようやく、ひとりの自由な時間ができたとほっとしたが、
実際には、病院内に閉じ込められているわけで、リハビリ以外することもない。
これじゃ闇の砂漠にいたときと、光がある以外さほど変わらない。
今日もムダに一日が終わるなと窓から夕陽を見ていたとき……
ベッドの上にある携帯が鳴った。
画面には見慣れた名前、彼女の文字が浮かんでいる。
急いで携帯に出ると、彼女の声が聞こえてきた。
「家の前に……いるの」
「例のストーカーか?」
「う、うん」
「気づかれてはないか?」
「大丈夫、先に気づいたから」
「わかった。じゃ今からすぐ行くから、待ってなさい」
彼女は、家の近くのコンビニで隠れてると言ってその場所を教えてくれると、
「ごめんね、ありがと……」と、か弱い声を残して携帯を切った。
さて、これからどうする。
って、考えても仕方ないな。
おれはベッドの横にある棚を漁って、着替えの服を探した。
これ、か?
目に入ったのは、たしか、サムエとかいう着物みたいな服。
見た目まだ寒いだろうと思ったが、とりあえず今着てるパジャマよりマシか。
着替え終えて、鏡を覗きこんでみると、
この格好ってスキンヘッドには、意外と似合ってるよな、
などと考えていたら、不意にドアが開いた。
これは、巡回の看護師か……さて、どうする?
「あのー、そんな格好で、どうされましたか?」
「あ、これはちょっと売店に買い物にでもいこうかと……」
「売店? いつも着替えてましたっけ?」
「いや、ちょっと気分転換でもと思って」
自分で話していても、苦しい言い訳だとわかったが、
看護師は何度か頷きながら、笑顔で返事をした。
「あー、そうですねー、いいかもしれません!」
「で、ですよね」
「なわけありますかっ、むちゃしますねー。あなた、死にますよ?」
ノリツッコミ?
からの、死にますよ?
おいおい、その返しは、お粗末すぎだろ。
「……おまえ、ジョーカーだよな」
「あれ、うまく演技したつもりでしたのに、なんでわかったのかしら?」
「看護師が、患者に死ぬとかストレートに言わないだろ」
「ふむ、ごもっともですわ、失言でしたね。でも、実際、死ぬ覚悟で行くつもりだったんでしょ?」
そうだよな、おれの心は全部読まれてるんだし、この先の行動も知ってるか。
「そのまま、看護師のふりして、おれを見逃してくれないか」
「できないこともありませんが……そんな状態で何をするつもりです? 勝ち目はないですよ」
「元はといえば、お前があいつを始末するように頼んだんだろ」
「ええ、それは、そうなんですけれど。ちょっと、違うんですよねぇ」
「今さら違うとかいいって。もう時間がないんだ。このまま行かせてくれ」
「はーい、わかりました。では、どうぞ」
ジョーカーはそう言って、ドアの出口に手を差し出した。
「ありがとうな」
「いえいえ、たぶん、本当の看護師だったとしても、外出は許したと思いますし」
「え?」
「だって、あなたが退院できないのは、家には戻れない理由があるためですもん」
「理由?」
「おーっと、これはまだ今は関係ない話でしたね。では」
そこで看護師は元に戻ったようで、おれの姿を見て少し驚いていたが、
孫から連絡があったので、会いに行きたい旨を伝えると、
「では、晩御飯の配膳は止めておきますねー」
ジョーカーが言ってた通りすんなりと許可が下り、
「消灯までには帰ってくださいね。あと念のためマスクはつけてくださいっ」
と言って、マスクを手渡された。
「ありがとうございます」
看護師に軽くお辞儀すると少し早足で部屋を出て、エレベーターに乗りこんだ。
エレベーターの中で、さっきのジョーカーの言葉を思い出していた。
家には戻れない理由がある、確かにそう話していた。
自分の家に戻れない、そんなことがあるのか?
そもそも、おれの自宅は、どこなんだ?
娘夫婦と同居だったなら、今から向かう先だろうが……
だとすれば、おれはその場に行ってもいいのか?
考えれば考えるほど、頭が混乱していった。




