春休み
日にちが進むにつれて、身体も次第に動くようになった。
以前のようにはいかないが、比べるだけムダだし、この年齢なら当然か……
納得しながらも、時間が過ぎていくことに焦りを感じて、
つい、無理をした結果、一週間後にドクターストップが入った。
病状の悪化ではなく、リハビリで身体を年齢に不相応に動かしたことによる筋肉痛。
なんとも情けない話だ。
今、おれはふたたびベッドに横になっていて、
目の前には、付き添ってくれていた女性がいる。
何の手がかりもなく、振り出しに戻された感覚で、
さすがに、これでは、モチベーションもあがらない。
ジョーカーは、もちろんこの状況も見てるんだろうな。
だったら何とかしてくれよ、とむちゃなことを考えていると、
「コン、コン」
病室のドアを叩く音がした。
付き添い人である、おれの娘がそれに反応して、
「はーい」と言いながら、ドアを開ける。
「あら、わざわざ来てくれたの?」
どうやら知り合いらしい。
「さ、入って」
女性の後ろを歩いて入ってきたその姿……
一度あることは二度あるって、ほんとうだな。
自分の姿を鏡の中に見つけたときと同様、身体が固まってまた声がでない。
そこにいたのは間違いなく、彼女だった。
これは夢? なのか?
夢の中なら、たいてい自分の思い通りになるもの。
自分勝手な筋書きでも、誰も文句は言わないし、迷惑もかけない。
彼女から、おれに会いにきたって、もちろん自由だ。
おれは、かさかさの手で目をこすってみた。
目元がちくちく、痛痒い。
この感覚は、夢じゃない、か。
「おじいちゃん、大丈夫?」
おじいちゃん……
彼女はおれのことをそう呼んだ。
ってことは彼女は、おれの孫。
これは孫との再会。
祖父を心配する孫の姿、それが今の彼女。
だとしたら、すべてが理解できる。
彼女はもう一度、おれに話しかけた。
「ねえ……大丈夫??」
まだ混乱している気持ちを押し殺して、必死に口を動かして、
「あ、ああ」
これが精一杯だった。
「お父さんが倒れたときも、ずっと付き添っていたんですよ」
「だって、心配だったもん。これからはもっと会いに来るね、春休みになったんだしー」
母親の言葉に応えて、彼女がにっこり笑いながら話す。
前より少し、大人っぽく見えるのは、化粧のせいだろう。
春休みってことは、あれから3ヶ月余りが過ぎたのか。
ジョーカーの話したことは本当だった。
彼女にちゃんと会わせてくれた。
しかも、こんなに早く。
だが、こんな形とは思わなかった。
これが愛する女性との再会。
理解するにつれて、寂しい気持ちに満たされていく。
「……まだ、しんどいの?」
おれの顔を心配そうに覗きこんでいる。
そうだよな、おれが前の気持ちを引きずっててどうする?
おれは、彼女を助けるために戻ってきた。
どんな形であれ、彼女とまた出会えた。
それだけで、十分だろ。
自分の気持ちをそうやって納得させて、何とか返事をかえした。
「いや、大丈夫だよ。心配させて、すまなかったな」
今はただ祖父らしく、振る舞うしかない。
「ううん、わたしこそ会いに来れなくてごめんなさい」
「学生だと色々と忙しいだろうし、無理するんじゃないぞ」
「平気だよ、バイトもやめちゃったし」
「だから、あんなバイトは、やめときなさいって言ったでしょ」
あんなバイト?
彼女が何のバイトをしてたのか、そりゃ気になって当然だし、
祖父としても、そこは当然、聞いても問題ないだろ。
「いったい、なんのバイトだ?」
反射的に、彼女は頭を下げて黙りこむ。
「大丈夫、お父さんには言わないから、おじいちゃんには教えてあげなさい」
どうやら、娘たちにとって良い祖父だったようで、
父親より信頼されてるらしいが、案外とそんなもんかもな。
「ああ、おじいちゃんはお前の味方だよ」
「う、うん、わかった」
彼女は上げた顔を赤らめながら、こう言った。
「……キャバ嬢」




