肉体的
おれが返事をしないのを無視して、彼は話を続けた。
「あなたの天国行きを、その人物に譲ります。そのかわりに、あなたをその肉体に送りこみます」
「おい、待てよ。考える時間はないのか?」
「ありません。その人物が亡くなるときに、そのすぐ側にいなければ入れ替わりに間に合いません」
「天国キップで、肉体との取引が行われるとか怪しい売買にしか聞こえないぞ、ジョーカーさんよ」
「そんな闇組織みたいに言わないでください。肉体を引き継ぐということは、その人物が生き続けるのですし、通常は何も問題ありません」
「通常は、だよな。でも、その話だと彼女の知り合いは本来なら天国行きじゃないんだろ?」
「詳しくは話せませんが、おそらくは地獄だったかと思われます」
ジョーカーが言う通り、結果としておれはその人物を救うことになる。
彼女の知り合いらしい、その人物を救うならたとえ悪人であっても、
それが少しでも彼女への罪ほろぼしになるのだろうか……
「地獄ってものをおれは知らないんだが、あの闇のなかより苦しむ場所なんてあるのか?」
「地獄はいわゆる肉体的な苦痛を味わう場所です。対して、無は精神的苦痛を味わう場所と考えていただくとよろしいでしょう」
「心に肉体的苦痛とか矛盾だらけだが、五感があるってことは、痛みもふつうに感じるんだろうな」
「ええ、その通りです。しかも、どんなに激しい痛みを感じても、そこに終わりはありません」
「それって、永遠の痛みってことか」
「はい、現世と違って、どんなに痛く辛くても気絶することはありません。もちろん、死ぬこともありません。ずっと叫び続けるしかないのです」
実際にその地獄に数えきれない人数を送りこんだにも関わらず、
ジョーカーは感情なく、それを当たり前のように話している。
そうでないと、裁くことなどできないんだろうな。
ある意味、尊敬に値するよ。
「間もなく入れ替わりの時間が来るようです。準備はよろしいですか?」
心が創り出した身体だと聞いたのに、実体などないのに、
おれの身体のなかを脈打つ鼓動が激しくなっていく。
緊張なのか、興奮なのか、気持ちが高ぶっていた。
「おー、任せろ。あんたには色々と世話になった、ありがとうな」
「では、ドアを開けた先に案内人を待たせております」
「この部屋を出たときから、おれは脱走者ってことだな」
「ええ、あと最後に一言よろしいでしょうか?」
「まだ、何かあるのか?」
少しの間があって、ジョーカーは口を開いた。
「わたしは、彼ではありません。わたしの前世は、女性です」