対象者
しばらくの間があって、ジョーカーは片手を差しだした。
目の前に突きだされた手のひらは、何かを握っていた。
「おい、なんだそれ?」
「これは、玉子ですよ。もちろん、実際には何もありません」
と言いながら手を開いた先には、たしかに玉子があった。
「この玉子が、この世界にいるわたしたちの姿です」
「と言われても、よくわからないんだが……」
彼は手のひらで玉子を転がしながら、
「この中心には何がありますか?」
「それは……黄身だろ?」
「はい、その黄身が、わたしたちの心と考えてください」
次に、ジョーカーは殻に指先を立てて、コツコツと音を鳴らしながら、
「この殻は、黄身を包みこんでいますね。どうしてですか?」
「殻がなかったら、黄身が潰れてしまう?」
「ええ、つまり殻があることで、初めてひとつの個体として成立します。わたしたちのこの肉体は、いわば、その殻でして、それぞれの心を個体として分けているもの、おわかりになりましたか?」
おれの心の声を聞いて、かみ砕いて説明し直してるのか。
玉子のたとえが正しいかはどうか、おれにはわからない。
だが、ジョーカーの真剣なその思いだけは伝わってきた。
「じゃあ、おれのその殻ってのはどんな風に見えてる?」
「こちらでは、その人にとって一番の思い出だったり、楽しかったころの姿が可視化されるようになっています。あなたは高校生のころの姿でしょうか」
「そうか。あんたは鉄仮面で隠れていて、わかりようがないな」
「わたしも自分の姿は知りません。ここでは自分自身を確認できない。鏡なんてありませんし、かりにあったとしても本来は心なのですから映りません。ただ、わたしにはこの仮面があれば十分です」
おれにとって、一番の思い出は高校生のときの彼女とのものだった。
最後は別れることになったが、それまで過ごした時間は何より大切だったし、当然か。
「ところで、さっき彼女に会えるとか言ってたよな?」
「おっしゃる通り」
「向こうに行くのはランダムじゃなかったのか? ひとを裁くものはうそはつかないはずだが……」
「詳しくお話をしますと、ランダムなのは、そのときに入れ替わる肉体が存在しないとき。突然、事故死などが起こった場合にはそうなります」
「もし、入れ替われる肉体がタイミングよくあれば、そこに入りこめるってことか?」
「その通りです。とある病院の一室で今にも息を引き取りそうな肉体があります。医師や看護師、もちろん身内も集まって、その方の最期を見届けている最中です」
「もしかして、それは……」
「はい。その対象者こそ、彼女に非常に近しい人間。このチャンスを利用しない手はありません」
その対象者とは彼女の知り合い、いやもっと近い身内とか。
あれからまだ3ヶ月しか経ってないんだぞ?
なのに、彼女はまたあの頃と同じようにつらい状況に置かれてる、
そんな現実、ありえないだろ。
彼女の今の精神状態がどうなのか気になって、
ジョーカーに返す言葉が見つからなかった。




