九十五 死の商人
ムールズ商会のメイラは帝国第3軍司令官に別れを告げ、帰路に着いたと見せかけて林道を脇に逸れると、木々の奥へと入り込んで行った。
そして周囲に人がいないことを注意深く確かめると、袖口からするりと手の平大の水晶玉を取り出した。
ぴったりと体に密着した服のどこに隠し持っていたのかはまるで不明。恐らくはムールズ同様の能力を用いたのだろう。
メイラが手にした水晶玉を見詰めて、口の中で小さく何事かを唱えると、水晶玉の澄んだ表面が水面のように波打ち始めたではないか。
やがてその波紋に様々な色が混ざり、ぐにゃりと不規則に渦を巻いたかと思うと、ゆっくりと像を結んでゆく。
その変化が落ち着いた頃合いに水晶玉に映ったのは、つば広帽子をかぶった派手な化粧の男。即ちムールズ商会代表のムールズであった。
「やあやあ、メイラ君。連絡を待ち侘びていましたよお」
「お疲れ様です、社長。その御尊顔のアップを見ると、思わず水晶を叩き割りたくなってしまいますので、少々離れて頂けますか」
「んん~、辛辣ぅ」
水晶越しに陽気な挨拶をしてきたムールズに対して、メイラはにっこりと微笑みながら毒を吐く。
どういった仕組みなのか、水晶玉は遠方にいる相手との会話を可能とする道具であるようだった。
「さてさて。早速首尾について聞かせて頂きましょうかねえ」
ムールズは言われた通り画面から少し顔を離し、メイラの報告を促した。
「商品に問題はありません。現地の皆様には大好評です。三騎将フィオリナ様にも作戦趣旨をご理解頂けて、すでに異動なされました。近い内に第3軍より、正式な伝令が帝都へ届くでしょう」
「それは結構! 大変良い報せです。これにて本契約となれば、忙しくなりますねえ」
「はい。しかしながら、ウィズダームについては驚かされました。エウロア大陸最先端の魔法水準が、まさか《《この程度とは》》」
メイラの営業用の柔らかな笑みが、嘲笑めいたものに切り替わった。
「魔道士の魔力量はお粗末。ゴーレムの生成も粗削り。その上、要の王都ですら結界は薄衣一枚程度しか敷かれていない貧弱さ。ブリューナク五丁は過剰火力だったかと思われます」
先の土巨人戦で使われた光線を発射する銃の名を持ち出し、メイラは瞳に憂いを浮かべる。
「おやおや。それではお猿さん達はさぞかしびっくり仰天なされたでしょうねえ。今時火薬式兵器の量産体制すら整っていない未成熟な文化圏ですから、とても刺激が強かったことでしょう」
くつくつと笑いを漏らしながら相好を崩すムールズ。
「まあ、この大陸の魔法技術が遅れているのは事前情報通りです。他に競合相手がいない以上、発展の歩みが遅いのは仕方ないでしょうな。だからこそ良いカモなのですが」
ムールズが腕を組んで首肯すると、メイラは物憂げなまま言葉を返す。
「しかしこの分では、学院の資料を回収したとしても、大した成果は得られないかも知れません」
「いえいえ。それは早計というものですよお。こういった辺境の地では、独自の体系が構築されることもありますのでね。進み過ぎたが故の盲点に気付かされる場合も往々にしてあるものです。それらを元に製造、改良した商品も多々ありますからねえ。知識は財産なり。新旧の区別なく、いくらあっても困りません。才あるものがそれらを収集し、社会に還元するのは責務と言えましょう」
「私腹を肥やすのが責務ですか」
したり顔でうんちくを垂れるムールズは、メイラの突っ込みを無視してさらに勢い込んで続けた。
「だからこそ、売り込みのための初手の花火は派手なくらいが丁度よろしい。これにて我が社の商品価値を大いにアピールできたことでしょう。ブリューナクについてはサービスとして、以降は品質を落としたものをご提供し、じわじわと搾り取らせて頂くと致しましょうか」
にまにまと意地の悪い笑みを浮かべて揉み手をするムールズに、メイラも目を細める。
「いつも通り、足元を見て付け込むのですね。本当に社長はお人が悪い」
「商売上手と言ってもらいたいですねえ。いやはやまったく、後進国相手の商売はぼろい……おっと失言。これはあくまで技術革新を促す慈善事業です。今回も張り切って参りましょう!」
世界中の大陸を股にかけるムールズ商会は、表向きは何でも扱う貿易商を装っているが、実際は紛争があれば積極的に介入して戦火を広げ、兵器を売りさばくことを主軸とする武器商人の側面が強かった。
彼らにあるのは損得勘定のみ。良心の呵責など一切なく、現地の末路も考慮しない、まさに死の商人と呼べる者達である。
「その前に。遠路遥々《えんろはるばる》出張をして商談をまとめた優秀な社員へ、手当の一つも付けて頂きたいところですけれど」
拳を振り上げて気合を入れるムールズに、にっこりと笑顔で圧をかけるメイラ。
「んん~、抜け目がありませんなあメイラ君は。まあ、新天地での記念すべき第一歩を成功させてくれたことですし、ボーナスは確約致しますとも!」
額をぺしんと叩くと、苦笑交じりに断言するムールズ。
「ありがとうございます。さすがは社長。社員の意欲を高める機微を心得ていらっしゃいますね」
言質を取って、メイラは嬉しそうに声を弾ませた。
「褒めても額は増えませんよお? ああ、そうそう、念のため。ブリューナクの戦闘データの方もしっかり収集して来て下さいねえ。品質を落とさずコストダウンするには、たゆまぬアップデートが不可欠です。これも大事なお仕事ですよお」
ムールズ商会は単に貿易だけでなく、独自の開発手段も抱えていることを示す言葉であった。
「承知しております。それではまた、戦況に動きがあればご連絡致しますので」
「よろしくお願いしますねえ。ワタクシは皇帝陛下のご機嫌取りのため、しばらく帝都を動けません。メイラ君に現場はお任せします。頼りにしておりますよお?」
「ご期待に添えるよう尽力致します」
メイラは目礼して水晶玉の機能を切ると、表面は元の透明感を取り戻し、ムールズの粘着質な声も聞こえなくなった。
「ふふふ。ボーナスは確定しましたし、しっかりお仕事に励むとしましょうか」
水晶玉を袖口に滑り込ませたメイラは、酷薄な笑みを浮かべると、目前に指で幾何学的な模様を描く。
するとたちまちメイラの姿がすうっと林の背景に溶け込んでいき、影も形もなくなっていった。




