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九十四 バランスブレイカー

「ふわぁ~ぁ……」


 ウグルーシュ帝国第3軍所属、第2分隊長フィオリナ大佐は、周囲に誰もいないのを良いことに、大口を開けてあくびをした。


 銀色に輝くさらりとした長髪。切れ長の目元に青い瞳。雪のように白い肌。すっと通った鼻梁びりょうと、薄桃色の整った唇。

 その類稀たぐいまれな美貌が台無しになるほど、眠たげに緩み切った表情を晒して机に突っ伏していた。


 彼女は二十台半ばにして大佐へ就任し、三騎将の一角に数えられるという快挙を成し遂げた、帝国軍でも特に突出した才を持つ将である。


 開戦当初は第一軍と共に帝都の守りについていたが、第3軍本隊が東方戦線を拡大したことを受け、増援として向かうことになった。


 先行した本隊がいくつもの国を併呑へいどんした現在、前線がほこを交えているのは東方の大国、ウィズダーム王国。


 大陸でも珍しい魔法技術を確立させて独占している国であり、これまでの数による力押しが難しくなったが故の三騎将の出番であった。


 フィオリナ率いる竜騎士隊は、王国兵による魔法の弾雨を大胆にも掻い潜り、圧倒的速度と火力をもって各地を次々に制圧して行った。


 その結果追い詰められた王国軍の残る拠点は王都のみとなり、帝国軍に完全包囲され、陥落は時間の問題かと思われた矢先。


 突如王都の周囲の土が盛り上がり、巨大な人型となって帝国軍を蹴散らし始めたのだ。


 フィオリナの駆る氷竜によって、大きな損害が出る前に土の巨人は打倒されたが、間を置かずに、独りでに動き回るかかしの大軍が空より降って来ては帝国軍を大いに混乱させた。


 一体一体の強さはそれ程でもないが、数万単位の数が定期的に補充される上、かかし達は疲労せず朝も夜もなく攻め寄せる。


 それらは魔力を物体に流し込んで自立行動をさせる、ゴーレムと呼ばれる魔法人形だと捕虜から聞き出したものの、有効な対処法は物理的に破壊することだけであると言う。


 王国は術者の魔力と食糧が続く限り籠城し、帝国を疲弊させながら後方の友好国の救援を待つ作戦に出たのだ。


 無論、王都を丸ごと氷漬けにして一気に壊滅させるだけならば、フィオリナにとっては造作もない。


 しかし王国には魔法技術を研究している機関、通称「賢者の学院」という重要施設がある。

 皇帝の命令は学院の確保、及び魔法技術の奪取であり、これを最優先事項として設定していた。


 そのため無差別攻撃を禁じられ、フィオリナの出番は巨大な土人形が出現した時のみとなってしまったのだ。


 しかも巨大なゴーレムを作るには相応の時間がかかるらしく、一度撃退するとしばらく手が空くことになる。


 その間戦場は部下に任せ、こうして後方の砦の執務室にて暇を持て余しているという訳だった。


 精鋭を揃えた竜騎士達も、王都上空へ入ればこれまで以上の密度の魔法が飛んでくるため、迂闊に攻め込むこともできず。


 否応なしに、王国との消耗戦に付き合わされる羽目となり、戦況は膠着こうちゃくしていた。


「あーあ、つまらない。好きに動けないなら三騎将になんかなるんじゃなかったわ」


 美麗な顔に似合わず、敵国を蹂躙することを喜びとするフィオリナにとって、戦場を前に待機命令を食らうのは何にも耐えがたい拷問であった。


「大体あのデカブツくらい、うちの子達が全員でかかれば倒せそうなのに。そしたらやることないんだし、別に私だけ帝都に帰ってもいいんじゃないの?」


 実際竜騎士隊の火力をもってすれば対処可能であろうが、第3軍司令官は王国に重圧をかけるため、三騎将である彼女を近隣に配置したのだ。


 三騎将は帝国軍の力の象徴であり切り札である。その存在をちらつかせるだけで敵の注意を引き付けることができる点は大きかった。


 それは理解しているが、納得できないとばかりに不機嫌な声を上げるフィオリナ。


 その後もぶつくさと文句を垂れ流して暇を潰していると、ふと執務室のドアがノックされ、兵が帝都からの使者の来訪を告げた。


「通しなさい」


 先程までの醜態はどこへやら。途端にしゃきりと背筋を伸ばして椅子に座り直すと、フィオリナは毅然と入室許可を出す。


「失礼します」


 静かに部屋へ入って来たのは、フィオリナと同年代と思われる、金髪を後ろでまとめた若い女だった。

 軍服ではなく、すらりとした身体のラインが分かるこざっぱりとした恰好をしている。


「お初にお目にかかります、フィオリナ様。わたくし、皇帝陛下のご紹介により参上致しました、ムールズ商会のメイラと申します。以後お見知りおき下さいまし」


 長いスカートの両端をつまみ、優雅に一礼して見せる様に、フィオリナは目を奪われた。


「これは眼福ね。軍は女っ気が少ないから、貴方のような美人は大歓迎よ」

「まあ、そんな。フィオリナ様程ではありませんわ。でも、お褒めに与り光栄です」


 獲物を見るように全身を眺め回すフィオリナの視線を、にっこりと笑顔で受け止めるメイラ。


「それで、用件は何かしら。陛下のお使いですって?」

「はい。まずはこちらの書状をご確認下さい」


 鑑賞に満足したフィオリナが尋ねると、メイラはすっと机の前に進み出て、封のされた密書を手渡した。


 爪の先で器用に開封したフィオリナが早速書面に目を通すと、その瞳が爛々と輝き出す。


「へえ……私の代わりになる兵器を持ってきたって言うの? 面白いじゃない」


 挑むような視線でメイラを見据えると、フィオリナはすくっと椅子を立った。


「竜騎士に装備させたのも良い考えね。輸送と換装の手間が省けるもの。早速見せてもらえるかしら」

「もちろんです。それではお披露目の場、前線へ向かいましょう」


 フィオリナの言葉にメイラは即答し、二人は連れだって執務室を後にした。




 フィオリナとメイラを乗せた氷竜が先陣を切る形で、新兵器を輸送してきた竜騎士隊が前線へ到達するのにそう時間はかからなかった。


 王都が視界に入ると同時に、巨大な土人形が大暴れしている様子も確認できた。


 そこへ戦場を飛んでいた部下がフィオリナに近寄り声をかける。


「大佐殿! 良いところへ! 奴が現れたのでお呼びに向かうところでした!」

「これはうってつけね。これから目標に対し新兵器の試射をするわ。総員この空域から退避するように。あ、ついでに中将閣下にも伝えといて」

「了解しました!」


 部下は敬礼を残して隊へ合流して行った。


「さあ、見せてもらいましょうか。新兵器の威力とやらを。私に後始末はさせないでね」

「ご安心下さい。皆様訓練において、大変筋がよくいらっしゃいましたから、的を外すことはないかと」


 挑発めいたフィオリナの言葉にも自信ありげな笑みを返し、メイラは周囲に展開した竜騎士達へ合図を送る。


 すると一斉に見慣れぬ武器を構え、今しも帝国軍の囲みを食い破ろうとしている土の巨人へ狙いを付ける。


 一見すると火薬を用いる長銃のような形をしているが、素材が特定できない。つやつやとした光沢を放つ白く細長い筒だった。


 彼らが引き金を引くと、たちまち先端が眩く光り、次の瞬間幾筋もの光線が発射されて土の巨人の全身をじゅわりと貫いていた。


 それだけに留まらず、穴が空いただけではまだ動く巨人に刺さった光は消えないまま、剣のように巨体を縦横に切り裂いて行ったではないか。


「おー、上出来上出来。派手でいいじゃない」


 巨人がぐずぐずに崩れて動きを止めたことを確認し、フィオリナが称賛する。


「あれってどういう仕組みなの?」

「申し訳ありませんが、まだ仮契約ですのでスペックは明かせません。ただ単純に、魔法の力を込めた銃、と解釈して頂ければ」

「へぇ。あんなものがあるなら、学院の魔法技術なんかいらないんじゃない?」

「そんなことはありません。かの国は魔法先進国と伺っております。その技術と知識によって、さらなる高性能な兵器を産み出すことも可能でしょう」

「それは楽しみね」


 フィオリナは嬉しそうな笑みを見せると、氷竜を旋回させて本陣へ向かって行く。


「さて、フィオリナ様。弊社の商品はお気に召して頂けたでしょうか」

「もちろんよ。あれなら戦線の維持どころか、城壁もぶち抜けるんじゃない? 思ったより早く蹴りがつくかもね。安心して交代できるわ」

「それは何よりでございます」


 氷竜を着地させ、本陣にいた第3軍司令官へ異動を伝えがてらメイラを預けると、フィオリナは上機嫌で再び空へ舞い上がった。


「うふふー。悪魔ってあの可愛い子ちゃんよね。今から楽しみだわー、どんな声で鳴いてくれるのか!」


 公国の新聞で見た似顔絵を思い出し、フィオリナはうっとりとした顔でアッシュブール方面へと向かうのだった。

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「大佐殿! 良いところへ! 奴が現れたのでお呼びに向かうところでした!」 「これはうってつけね。これから目標に対し新兵器の試射をするわ。総員この空域から退避するように。あ、ついでに中将閣下にも伝えと…
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