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九十二 回る舌

「……かの悪魔の最も恐ろしい点は、異常な進撃速度です。今こうしている間にも、グルーフ要塞を発ってアッシュブールへ到達している可能性すらあり得ます。可能であれば、すぐにも三騎将を動員して一息に叩き潰すのが最良と思われますが……」


 ザミエル中将はそこで一度言葉を区切り、皇帝アウグスの様子を伺う。


 ここまでは異論を挟むつもりはないようで、アウグスの態度に特に変化はない。

 視線に先を促され、ザミエルは話を再開した。


「ただ現状では、激戦区である北と東に赴いたオルネスト大佐とフィオリナ大佐をすぐに動かすのは難しいでしょう。しかし国防の観点から見て、第一軍及びギリウム閣下を帝都の守備から外す訳には参りません。小官としましても誠に遺憾ながら、公国を含むいくつかの国とは一時休戦し、広げ過ぎた戦線を縮小して戦力をまとめるのがよろしいかと愚考致します」


 ザミエルはここぞとばかりに、拾った命を投げ打つ覚悟で意見を述べた。

 これまで休戦協定を進言した忠臣達は、敗北主義者として皆斬首に処されていたからだ。


 しかし今は勢いに乗っていた頃とは状況が違う。


 短期間で戦線を広げ過ぎたあまり、兵力の分散も進んでしまっているのだ。そのため各地で侵攻速度が落ち、兵の運用効率も悪くなる一方。


 本来であればすでに公国を降し、手の空いた軍を各地に配備している予定であったが、それも今や悪魔のせいで不可能となった。


 この辺りでしばし侵略の手を止め、占領下の国々を安定させつつ軍備を整えるのが先決と思われた。


 暴君ではあるが、国益に関しては敏感なアウグスならば戦況の変化に気付いているだろう。その心変わりに賭けて、ザミエルは決死の諫言かんげんを試みたのだった。


 ザミエルの腹案を聞き終えたアウグスは、しばし天井を仰いで吟味していた。


 暴君が諫言を受けても怒りを見せずに思案を始めたことに、ザミエルは一縷いちるの希望を抱く。


「ふむ……言わんとすることは理解した。しかし、休戦はならぬ」


 再びザミエルを捉えた目は冷たいままだった。


「左様ですか……」


 思わずがくりとうなだれたザミエルだったが、アウグスは構わず言葉を連ねる。


「一度休戦を許せば、帝国の威光がかげり、調子付く輩も出て来よう。そして貴様が言うように悪魔の侵攻が速ければ、協定を結ぶ前に我が国土を踏むかも知れん。それだけは断じて許さぬ」


 ひじ掛けに置いていた左腕を持ち上げ、ぐっと拳を握り締めるアウグス。


「だが。要は三騎将が出張るまでの時間稼ぎと、戦線の維持が両立できればよいのだろう」

「は……恐れながら、陛下には妙案がおありなのですか?」

「うむ。あの者を呼べ」


 アウグスの命を受けて近衛兵が走り出してからしばらく。

 謁見の間に、奇妙な装束を着た小柄な男が連れられてきた。


 色とりどりの布切れをつぎはぎしたような。良く言えばカラフル、正直に言えば毒々しい色合いの不気味な衣装に、先の尖ったつば広帽子をかぶった姿は、大道芸人もかくやといった風情である。


「これはこれは皇帝陛下。ご機嫌麗しゅう。ワタクシをお呼び頂いたということは、弊社へいしゃのご利用をお決めあそばされたと見てよろしいのですかな?」


 派手な化粧を施した男は道化じみた大袈裟な動作をしながら、慇懃無礼いんぎんぶれいな声を上げる。その様のなんと胡散臭うさんくさいことか。


「うむ。貴様が持ってきたあれをもう一度見せよ」


 信じがたいことに、アウグスはその態度を気にもせずに話を進めた。


「ええ、ええ。お安い御用ですとも」


 陽気に返事をしながら男は懐を漁ると、一体どういう仕組みなのか、大人一人が入れそうな長方形の木箱をにゅるりと取り出したではないか。


「相変わらず面白い術だな」

「いえいえ。単なる手品でございますよ。それではご開帳!」


 ザミエルが呆気に取られる間にも、男は木箱を床に置き、蓋を勢いよく開け放つ。


「これは!?」

「ガンデラ。説明してやれ」


 目を見開いて固まるザミエルへ、アウグスに促されたガンデラが穏やかに話しかけた。


「彼は貿易商でしてな。近頃別の大陸より渡られて来たとのこと。このような、我が国どころか、大陸中を見回してもお目にかかれないような逸品を多々扱っておられる。有用性についてはギリウム殿のお墨付き。それら最新兵器を他国に売られる前に独占し、以後の作戦に組み込んではどうかと陛下はお考えなのです」


 ガンデラが話している間に男が側に寄ってきており、きりの良いところでうやうやしく礼をして名乗りを上げた。


「お初にお目にかかります。ワタクシ、ムールズ商会の代表、ムールズと申します。ああ、そのまんまじゃないか、などのお声はかけないで下さいませ。無粋と言うものでございます。以降、何卒お見知りおきを。さてさて。弊社はお客様のご要望とあらば、食料から日用品、武器、傭兵まで! 何でもご用意致します。今回はご新規様開拓、お近付きの印と致しまして。こちらは試供品サンプル、つまりはタダで! お譲り致しますよお!」

「それはまた、気前の良いことで……」


 べらべらとよく回る舌の勢いに圧倒されるザミエルに、ムールズは帽子を取ってにっこり微笑みかけた。


「いえいえ。お気に召されて、本契約をして頂ければ充分に元は取れますからねえ。先行投資というものですよ。なんでしたらサービスで、腕の立つ傭兵もご紹介致しましょう。弊社としても、戦争は儲かりますので大っ歓迎! 是非とも帝国の皆様には、張り切って戦火を広げて頂きたぁい! のです!」


 まさに商人根性ここにあり。

 両手を広げ、満面の笑顔で叫ぶムールズにザミエルは悪寒すら覚えた。


 職業軍人である自分が言えたことではないが、この者は戦争を完全に商売と考えている。


 確かに国を豊かにするべく起こす戦争はビジネスの側面もある。しかしムールズの思想は、死骸にたかるハイエナと大差ないように思えた。


 しかしアウグスはすでにその手を取っている。

 そしてムールズのような怪しげな者に頼らなければならない戦局に追い込まれているのもまた事実。


 皇帝の意向を組み込んで立案するのも参謀本部の務めと割り切り、ザミエルはムールズへの嫌悪を心の底へ押し込めた。


 これもこのような事態を招いた悪魔へ逆襲するため。


 その後ザミエルは、会話が脱線しがちなムールズに辟易へきえきしながらも商品の説明を受け、新兵器を用いた作戦立案に集中した。

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「お初にお目にかかります。ワタクシ、ムールズ商会の代表、ムールズと申します。ああ、そのまんまじゃないか、などのお声はかけないで下さいませ。無粋と言うものでございます。以降、何卒お見知りおきを。さてさて…
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