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九十一 帝都震撼

 ウグルーシュ帝国首都ガルダーニュの軍本部は、一日にしてグルーフ要塞が陥落したという一報に震撼していた。


 ただ単純に一拠点が奪われただけの話ではなく、それに付随する情報量があまりに多く、かつ衝撃的だったためだ。


 派遣した竜騎士隊の全滅、ミザール原野の全砦制圧、グルーフ要塞陥落及び、10万を超える兵力を持った第六軍の壊滅という未曾有みぞうの大惨事。

 それらの報告を受けた参謀本部は、混乱の坩堝るつぼへ叩き込まれた。


 どれ一つ取っても大事件だと言うのに、その被害はたった一人の少女の手で、それも一日にしてもたらされたのだから、何の冗談かと現実を直視できない者も出る始末。


 しかし事実は残酷である。

 グルーフ要塞に詰めていたクレベール少佐以下、後方へ脱出してきた非戦闘員達の証言により、少なくとも救援要請が届いた時点で要塞が落ちていたことは認めざるを得ない。


 件のクレベール少佐は、二度もかの悪魔と戦場で遭遇したにも関わらず生き延びたことから、内通を疑われ投獄されることになった。


 しかしその証言を元に斥候が調査を進めたところ、持ち帰った情報は全て正しいと判断された。


 彼女は牢の中で行われた聴取にて、自己の弁明は一切せず、悪魔の危険性を強く主張し続けた。


 数をかき集めただけの並の兵では、何万と投入しようがあの少女の前では紙屑同然である。

 速やかに三騎将を含む最強部隊を編成し、全力で叩く以外に帝国の勝利はないとまで断言したのだ。


 それはゴルトー少将や竜騎士20名が破られたことからも、参謀本部が薄々感じていたことである。


 いよいよもって侵攻計画の見直しを迫られ、頭を悩ませるザミエル中将は、ついに皇帝からの呼び出しを受けることになった。




「参謀本部より、ザミエル中将殿が参られました」


 重厚な扉を開けた近衛兵の声が、謁見の間へ響いた。


 久々に訪れる場所に緊張を滲ませながら、ザミエルは赤い絨毯の上を進み出す。


 正面の階段上へ設置された玉座にて片肘を付くのは、ウグルーシュ帝国現皇帝。アウグス=ヘルムドルト=イーラ=ウグルーシュ。


 一年前に皇位を継承したばかりの若き皇帝は、青白く頬のこけた風貌ながら、その茶色の瞳だけは爛々と輝くような強い力を灯し、歩み寄るザミエルを冷たく見下ろしている。


 謁見の間には皇帝の他に、その左右を固めるようにして二人の人物が立っていた。


 一人は身長2m近い岩の如き巨漢。


 漆黒の板金鎧に身を包み、大鎚を床に立てて、柄へ両手を置いたままぴくりともしない。

 その姿はまるで彫像を思わせるが、兜の隙間から漏れる視線はこちらを射抜かんばかりの迫力に満ちている。


 彼こそ皇帝の剣。帝都守護の要。三騎将の筆頭であり、実質的な帝国最強の武人。

 帝国第1軍近衛兵団大将、ギリウム=ヒュベリオンその人だった。


 片やもう一人は、ギリウムとは対照的に枯れ枝のように痩せ細った体躯で、頭まで覆う茶褐色ちゃかっしょくのローブをまとった老爺ろうや


 前皇帝が戴冠たいかんした頃より国政を支え続けてきた文官の長、宰相さいしょうのガンデラ=ヴァンホールズである。


 帝国軍が憂いなく領土の拡大に乗り出せるのは、宰相の手腕にて国内の治世が保たれているからに他ならない。まさに帝国という屋台骨を支えていると言える人物だった。


 そもそも新皇帝アウグスが暴政を振るうのは、あくまで対外政策においてのみ。侵略は富国強兵を進めるための手段に過ぎない。

 民に関しては基本的に慈悲をもった姿勢であり、ガンデラがそれを実施しているため、戦争を強行する現政権へ不満を持つ民は少なかった。


 アウグスはこの二人の傑物を腹心として側に置き、他の者の意見をろくに聞かなかったが、今回は南方戦線での惨敗が耳に入ったのだろう。その叱責のためにザミエルを呼び出したのだと思われた。


「陛下。御前に失礼致します。お呼び出しに応じ、このザミエル、馳せ参じました」


 ひざまずいて頭を垂れたザミエルを、アウグスはしばし無言で放置した。


 頭上から無遠慮な視線が突き刺さるのを感じ、ザミエルの背筋にたちまち冷や汗が浮かぶ。


「……公国ごとき小国に後れを取ったそうだな。面を上げ、言い訳を口にすることを許す」


 ようやく口を開いた言葉は、若いながらもおごそかにして、人の怖気を誘う支配者の圧力を備えていた。


 ザミエルは急ぎ背筋を伸ばしてアウグスへ顔を向けると、身震いを抑えながら用意していた口上を述べる。


「恐れながら申し上げます。かの国に和国より訪れた猛者がくみし、人間離れした力で我が軍を押し返しております。並の兵では何万と束になろうが太刀打ちできず、選抜した複数の竜騎士ですら討ち取られました。奴を見て生還した者はごくわずか。彼らの証言を総合するに、三騎将に匹敵する脅威であると参謀本部は判断するものであります」


 慎重に言葉を選びながらも、事実を包み隠さず伝えると、しばしの沈黙の後アウグスが反応した。


「……ふん。悪魔の話は届いている。それ程の使い手か」

「は……」


 後に続く言葉までの間が長い。その時間はザミエルにとって拷問にも感じられた。


 何しろ戦争絡みで処罰された者は数多い。

 此度は小国と侮った国相手に手酷い被害を出した上、奪った領土をも取り返されているのだ。どのような沙汰が下るのか気が気ではない。最悪死すらも予期していた。


 アウグスはギリウムへちらりと視線を向けると、それまで微動だにしなかったギリウムがわずかに顎を引いて見せた。


「うむ。まずは、苦しい戦況を正しく伝えたことを褒めて遣わす。よって敗戦の責は問わぬ。ここで虚勢を張るようであれば首は無かったものと思え」

「は……恐悦至極……!」


 首の皮一枚繋がったザミエルは、ほっと気を抜いた表情を晒さないよう、頭を下げて感謝する。


 各地の戦況は第1軍大将であるギリウムとも共有している上、彼は独自の情報網をも持っている節がある。つまりアウグスにも情報は筒抜けである可能性が高かった。

 そのためザミエルは自分に不利であろうとも正確な戦況の開示を選択し、結果それは正解であった。


「して。参謀本部は今後の立案をどうする」


 一難去ってまた一難。

 気の緩んだザミエルを、アウグスの鋭い追撃が襲う。


 南方戦線の失態は、悪魔と言う予想外の駒の出現のためと不問にされたが、その対策こそが本題。帝国軍の未来が左右される事案であった。


 しかしかの悪魔に対抗するためには、根本的な戦略の見直しが必要である。

 腹案はあるが、果たしてアウグスを納得させられるであろうか。


 一つ選択を誤れば死罪もあり得る。

 その重圧に全身から脂汗が噴き出すのを自覚しつつ、ザミエルは背水の心持ちで、今にも震えそうな口を開く。


 帝国首都という最も戦地から遠い場所にて、一人の男の命を賭けた舌戦が始まった。


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