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九十 追撃と約定

 爆風に背を押されるようにして、紅の小柄な身体はグルーフ要塞から遠く離れた上空を舞っていた。


 紅は爆発に巻き込まれる寸前に、大将首ごと己の立つ階層を斬り飛ばし、間一髪脱出を果たしていたのだ。


 やがて高度が落ち、足音も無くふわりと着地を遂げた紅は、くるりと要塞へ向き直る。


「いやはや。見事にはかられましたね。敵ながら天晴れな散り様です」


 誘爆を繰り返し、今もなお燃え盛りながら崩れゆくグルーフ要塞を眺め、とても数秒前まで死地にいたとは思えない穏やかな笑みを浮かべる紅。


 要塞内で感じ取った嗅ぎ慣れぬ匂いは火薬のものであり、それを敵将は葉巻の煙で誤魔化していたのだろう。なんとも用意周到な策だった。


「なるべく壊さぬようにしていたものを、台無しにされてしまったのは癪ですが。その点は相手が一枚上手だったと思って諦めましょう」


 敵将相手に遊ばず、素早く制圧をしていれば防げた損害であったが、紅は悪びれもせずに気分を切り替えた。

 要塞を失って実際に困るのは、紅ではなく公国軍なのだ。


 紅としては、敵将の剣技を味わった上で首を取れ、拳銃という玩具も手に入り、おまけに火薬の大爆発という稀有な体験も出来た。それなりに実りある戦だったと言える。


 紅は要塞に背を向けると、改めて周囲の地形の把握に努めた。


 誘爆を始めた部屋に背を向けて逃走したため、紅が着地したのは要塞の北側だったのだ。


 意識を探索に向けたことでふと足元に違和感を覚え、地面を触ると、真新しい足跡や轍の跡が多数残っていることに気付く。

 次いで耳を地面にぺたりと付けると、そう遠くない位置から大勢の足音が振動となって伝わって来た。


「なるほど。道理で勘定が合わないはずです」


 紅は納得とばかりに笑みを深める。


 初めに要塞を観察した際に感じた人の気配と、実際に斬り捨てた兵の数が釣り合わないことに疑問を感じていたが、ここに謎は解けた。


 敵将は己を二重の囮に使い、火薬の設置と、分けた兵の逃走を同時に進めていたのだ。


「今ならまだ追い付けるでしょう。今日は大忙しですね、くれない


 刀に語り掛けながら、紅は即座に地を蹴り足跡に沿って駆け出した。



 やがて数分もしない内に、松明を掲げて夜闇を進む集団を捕捉する。


 紅はその最後尾を歩く兵士の横へ速度を落として並び、親し気に問い掛けた。


「もし。一つお尋ね致します」

「おわ! 誰だ!? どこから現れた!」


 突如降って湧いたように出現した少女に驚愕し、兵士は跳び上がらんばかりに声を上げた。


「些細なことはお気になさらず。それより、あなた方は帝国軍に相違ありませんか」


 にこにこと輝く笑みを浮かべる美貌に見惚れた兵士は、呆けて返事ができなかったが、先程の叫び声を聞き付けた周囲の兵が振り向くと、血相を変えて騒ぎ出した。


「き、貴様は!」

「悪魔だ! 悪魔が追い付いてきたぞ!」

「要塞が落ちたのか……!」

「総員戦闘態勢! 急げ!」


 次々に叫び、呼子笛を吹き鳴らしては全体に警戒を促して素早く陣形を形成してゆく。


「やはり帝国の方々でしたか。それでは、お命頂戴致します」


 紅は斬りかかって来た兵の一撃を丁寧な一礼をもってかわすと、身体を起こし様の一刀にて真下から両断した。


 続けて十字を描くように横薙ぎの一閃が走り、最後尾の集団を一瞬で抉り取る。


 そうして拓けた道を紅がゆったりと歩み出すと、恐怖に顔を引きつらせた帝国兵らは陣を保ったまま後ずさった。


「せっかく追いついたのですから、逃がしはしませんよ。観念なさいませ」


 紅の姿が一瞬にして消えたかと思うと、帝国軍の隊列真っただ中に現れ、一拍置いて周囲の兵らがばらばらに崩れて行った。


 松明を持っていた者が倒れると、衝撃で灯りが消え、夜闇に呑まれた者達が思わず悲鳴を上げる。しかしそれも束の間。次々とその声は沈黙してゆく。


 暗中で虐殺が起こっていると察した灯りの下の者達は、我先にと前方へ駆け出したが、やがて追い付いた紅に瞬く間に斬り散らされた。


「はてさて。やはり敵前逃亡を選んだ兵。要塞に残っていた方々と比べると、まったく張り合いがありませんね」


 口では貶めつつも、殺戮の高揚に浸った様子で微笑む紅は、挑む兵も挑まぬ兵も平等に斬り捨て前方を目指す。


 やがて集団の半数以上は削り取った頃。


 行く手を遮るように展開した一団と遭遇した。


 彼らはここまで斬って来た軟弱者とは違い、明らかに殺気に満ち、臨戦態勢で紅を待ち受けていた。


「少しは骨のありそうな方々も残っていらっしゃいましたか」


 紅が唇をぺろりと舐めて近寄って行くと、その内の一人が大きく声を張り上げた。


「そこで止まりなさい! 私は帝国第6軍分隊を預かるクレベール少佐です。これより先を行くのは非戦闘員のみ。せめて彼らは見逃して頂きたい!」


 声の主は女性だった。

 凛と透き通った声音が、松明に照らされた空間に響き渡る。


「はてさて。私も戦士ではない者を好んで斬る趣味はありませんが」


 紅は話しながらも耳を澄ませ、前方の様子を探る。


 足音は多いが、確かに金属がこすれる音は極端に少なく、武器や鎧を装着した者は最低限の護衛だけのようである。信じるに足る言葉であろうと思われた。


「しかし。お願いをするにしては」


 右に一閃。


「少々物々しいのではありませんか」


 左を一薙ぎ。


 言葉を区切りながら、クレベールと名乗った女性将校の周囲の兵を容赦なく蹂躙してゆく紅。


「ああ!? やめて! やめてちょうだい!! 話を聞いて!!」


 それを見たクレベールは、先程までの毅然とした態度は崩れ、狂乱したように叫ぶ。


 しかし紅の凶刃は止まらず。クレベールを残して、兵はさしたる抵抗もできないまま全滅していた。


「さて。あなたはどうなさいますか。見たところ、武の心得があるようには思えません。将の首としては魅力に欠けますが、あなたの首一つでこの場を収めることはやぶさかではありませんよ」


 紅がクレベールの喉元にぴたりと刀を突き付けた時、彼女は震える両手で拳銃を握り締めていた。


 怯えを含みながらも、味方の仇を前にして、強い憎悪と殺意を込めた瞳が紅に注がれる。


「その気概は買いましょう。ですが、撃てば攻撃を続けます。非戦闘員とて、戦に関わったからには兵と等しく扱いますので、そのおつもりで」


 部下の命を取って首を差し出すか、復讐を選んで全滅するかの二択を迫る紅。


 クレベールは無表情を貫きつつも、顔色が見る間に青ざめて行った。


 長くも短くも感じられる時間、クレベールは苦悩した様子で無言を保っていたが、ごくりと唾を飲み込むと共に拳銃を持った手をだらりと下げた。


「……私はあなたが憎い。この手で撃ち殺したい程に。しかし私のせいで、これ以上味方が死ぬのを見たくはありません」

「そうですか。それでは今楽にして差し上げます」


 降伏と見なして、介錯をしようと紅が動く前に、クレベールがぼそりと呟いた。


「……取引を、しませんか」

「はて。内容次第ですね」


 死地に追い込まれた者の提案に興味を覚え、紅は先を促した。


「……ゴルトー少将と一騎打ちをしていた貴方は、実に楽しそうに見えました。思うに貴方は、強者と戦うのが望みなのでしょう? 私は上官より特命を受け、本国へ貴方の情報を持ち帰る途中です。このまま我々を見逃して頂ければ、上層部へ貴方の危険性を訴え、帝国最高戦力を動かすことへ尽力しましょう。いかがですか」


 クレベールの言葉からは、命惜しさではなく、恥も外聞もかなぐり捨てた覚悟が感じられた。恐らく嘘は言っていまい。


 自分の力では紅に及ばぬことを思い知り、別の形で仇討を遂げようと算段しているのだろう。


「噂の三騎将とやらとも戦えるでしょうか」

「そうなるよう説得するつもりです」


 紅の問いに即答したクレベールの声には熱が宿り、元の張りが戻っていた。


 最高戦力と呼ばれる者達と戦える。それは紅にとって魅力的な提案だった。

 非戦闘員を撫で斬りにするよりも、よほど楽しいに違いない。


 最早天秤にかけるまでもなく。


 紅はにっこりと微笑むと、すっと刀を引いて納刀した。


「いいでしょう。期待させて頂きます」

「応じて下さり感謝します。それではまたいずれ、戦場で……」


 クレベールは複雑な表情で一礼すると、後ずさるようにして去って行った。


「ふふ。思わぬ撒き餌が得られました。大物が釣れるでしょうか」


 それを見送った紅の顔には、夢見る乙女のような無邪気な笑みが浮かんでいた。



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爆風に背を押されるようにして、紅の小柄な身体はグルーフ要塞から遠く離れた上空を舞っていた。  紅は爆発に巻き込まれる寸前に、大将首ごと己の立つ階層を斬り飛ばし、間一髪脱出を果たしていたのだ。 …
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