八十二 疾風迅雷
偵察隊との会議を終え、早朝の内にザルツ砦を出立した紅は再び疾風の化身となり、地形を無視して荒野を真っ直ぐ駆け抜けていた。
途中発見した帝国の斥候と思われる一団を、すれ違い様一刀の元に斬り捨て、なお勢いを落とさずひたすら進む。
程なくしてカーク砦へ辿り着くと、見張りも気付かぬ速度をもって門へ肉薄し、瞬時に断ち割って砦内に押し入った。
「何事だ!?」
「て、敵襲!? 敵襲~!!」
「見張りは何してやがった!」
何の前触れもなく門が破壊されるという異常事態に、慌てふためく帝国兵らを見回して、紅は優雅に一礼すると慇懃無礼に言い放つ。
「帝国の皆様、御機嫌よう。そして、さようなら」
ふわりと笑みを浮かべた直後、見渡す限りの兵士の首と、敷地内の建物の一階部分が斜めにずれて崩れ落ちた。
その後、基礎を失い傾きだした建物は無数の斬痕が走り、中に取り残されているだろう兵士達ごとばらばらに解体されてゆく。
兵の血飛沫が舞い散る中をゆったりと通り抜ける紅が逆側の門へ辿り着く頃には、敷地内は赤い海に沈み、生命の息吹は完全に消え去っていた。
刀を抜いたことさえ悟らせぬ、まさに電光石火の早業。
帝国兵の誰もが、何が起きたのかまるで理解できないままに死を迎えたことだろう。
紅が砦に侵入してから、ものの数分もかからぬ制圧劇であった。
このところ立て続けに、精兵5万と珍種の竜騎士と言うご馳走を平らげた紅は、今や完全にたがが外れていた。
たかが千程度の砦の守備兵ごときでは最早興味を引かれず、ゆっくり味わうこともなく瞬殺したのだった。
正面に見据えた門の前へ紅が到達すると同時に、がごんと大きな音を立てて下半分が倒壊する。
歩みを止めぬままに門を潜った紅は、休息も取らずに次の目的地へ向けて走り出した。
目指すはリドール砦。グルーフ要塞一歩手前に位置し、要塞攻めの起点となるであろう場所。
北から見ればミザール原野への足掛かりであり、ここさえ押さえてしまえば原野を制したも同然。帝国軍はおいそれと南下ができなくなる。
そうなれば後方の公国軍も、余裕をもって進軍することができることだろう。
帝国側にとって、ミザール原野において最も重要な拠点であると言えた。
「ふふ。あちら様もそれは重々理解されているご様子ですね」
軽快に荒野を駆け抜け、やがてリドール砦を視界に収めた紅が微笑んだ先には、十重二十重に防御網を敷いた光景が広がっていた。
帝国軍は砦周辺の平地までも兵で埋め尽くし、防御を固めていたのだ。
その数は先程のカーク砦のおよそ三倍はあるだろうか。ザルツ砦を引き払った兵はこちらへ合流していたらしい。
砦へ至る道は多少幅の広い街道のみであり、大軍をもって攻め込むことは困難な地形である。本来であれば妥当な守備配置だと言えた。
しかし挑むのは、万夫不当の剣の鬼である。
「有象無象が増えたとて、障害とはなり得ません」
そう言い切って笑みを深めた紅は、怯むどころか速度を増し、丸太の先を鋭利に削って並べた柵へ向けて猛然と突撃してゆく。
紅が接近すると同時に、柵ごと向こう側に詰めていた見張りの胴が両断されて宙を舞った。
その合間をすり抜け、他の兵が反応する前に周囲一円を大きく薙ぎ払う。
まさか敵襲があるとは思いもせず、兵達は歓談に興じていたのだろう。
一瞬で刎ね飛んだ幾百もの首は、皆笑顔のままであった。
それらがどさりと地面に落ち、胴が膝を付きながら血を噴き出したことで、ようやく異変に気付く帝国兵。
「は? 何だよこれ……」
「おい、話の途中だっただろ……なんでいきなり倒れてんだ……?」
「……く、首ぃ!? し、死んでるぞ!」
「くそ、敵か! 敵襲だ!!」
遠巻きにしていた兵達が騒ぎ出し、各々戦闘態勢に入ろうとし始める。
しかし。
「はい。敵ですよ」
血飛沫を潜って現れた可憐な少女に、兵らは一瞬我を忘れた。
「なので斬りますね」
その致命的な隙を紅が逃す訳もなく。
荒れ狂う暴風のごとく、兵の囲いを遠慮なく斬り崩して行った。
瞬く間に砦の回りを一周し、陣地ごと表の守備兵を壊滅させると、本命の砦へ顔を向ける紅。
当然外の騒ぎはすでに伝わっており、外壁の上には弓兵がずらりと並んで矢を放つところであった。
一斉に放たれた矢の雨は、誰もいない地面へ降り注ぐ。
弓兵達が泡を食って敵影を探す頃には、紅は壁を跳び越え、同時に弓兵達の首を取っていた。
そのまま砦内に着地すると、待ち受けていた複数の兵が果敢に槍を突き出して来たが、即座に槍ごと身を刻まれ絶命してゆく。
「ふふ。この砦は頂戴致します。お覚悟なさいませ」
一つ極上の笑みを見せた瞬間、紅に殺到していた兵達はまとめて輪切りにされていた。
全滅させるだけならば、カーク砦のように建物ごと片付ければ良い話であったが、ここは後々拠点として使う予定なのだ。なるべく施設を壊さず占拠することが望ましい。
「ここからは丁寧に参りましょう」
その宣言通り、紅は建物に被害が出ないように立ち回り、かつ敵を逃さぬように次々と屍を積み上げ、阿鼻叫喚の地獄を作り出して行く。
しかしそれでも、時間にして10分にも満たない間に守備兵の殲滅は完了していた。
空を仰げば、陽はまだ高い。
「はてさて。目的はここまででしたが。時間もありますし、身体も適度に温まりました。ついでに要塞まで行ってしまいましょうか」
紅はそう呟くと、無事に残した厨房にて軽食と水分を取って小休止を挟んだ後、意気揚々とリドール砦を後にする。
「ふふ。城攻めは久しぶりですね。存分に楽しませて頂きましょう、紅」
独断専行が止まらぬ紅は、満面の笑みを浮かべながら紅い刀身へ唇を寄せた。




