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八十一 竜騎士の到来

 ユーゴー少佐の指揮の元で進軍準備を進めるルバルト駐屯地にて、カティア以下残留していた遊撃隊はそれぞれに仕事を割り振られ、忙しなく動き回っていた。


「中尉殿、追加の木材が届きました。そちらにはまだ積めそうですか?」

「このスペースはもう一杯ね。別の区画へ回すように伝えなさい」

「了解!」

「ああ、中尉殿。馬の飼料が心許ないので、追加発注を頼めますか」

「ええ。リストに加えておくわね」

「失礼します。不足物資の試算が出ました。確認お願いします」

「確かに受け取ったわ。ご苦労様」


 次々と舞い込む部下からの案件を、てきぱきと処理していくカティアは、ずいぶんと将校としての振る舞いが板について来ていた。


「やあ、カティア中尉。精が出るな」


 そこへ現場を巡回していたのだろうユーゴーが現れ、片手を上げてカティアへ声をかけた。


「これは少佐殿。お疲れ様です」

「いやいや。中尉のお陰で仕事が減ったからな。楽をさせてもらっているとも。遊撃隊諸君もよく働いてくれている。伊達に少佐相当と共に修羅場を潜っていないな。判断が早く的確で、頼もしい限りだ」

「恐れ入ります」


 太鼓腹を揺らして笑うユーゴーに、敬礼をもって返すカティア。


「優秀な人手が増えた分、作業が大幅に前倒し出来ている。これなら偵察隊から急にお呼びがかかっても、多少の無理は聞けそうだ。少佐相当は冗談めかしていたが、本当に砦を落としてもおかしくはないからな。いつでも出張れるよう心構えはしておこう」

「またしてもうちの隊長が先走りまして、なんとお詫びを申せばよいか……」


 カティアは何とも言えない表情で頭を下げるが、ユーゴーは豪放に笑い飛ばした。


「はっはっは! その必要はない。今に始まったことではないしな。希代の英雄のやることだ。もう多少のことでは驚かんよ」

「そう言って頂ければ……」


 カティアがほっと胸を撫で下ろした時、物見台の見張り兵が大きく声を張り上げた。


「ほ、報告します! 北より巨大な飛行物体が接近中! 恐らく帝国の飛竜かと思われます!」

「何だと!?」


 多少のことでは驚かないと宣言した直後に、ユーゴーは思わず怒鳴り返していた。


 それも当然。公国への侵略で竜騎士が確認されたのは、東の第5軍との会戦のみ。それも敵将の回収だけで戦闘行為は行わなかったのだ。


 今このタイミングでミザール原野を超えて竜騎士が襲来するなど、誰が予想できただろうか。


「総員戦闘配備! 弓矢の準備を特に急がせろ!」


 ユーゴーの指示が飛び、にわかに蜂の巣をつついたように騒然となる駐屯地だが、双眼鏡を覗きながら見張り兵は続報を叫んだ。


「重ねて報告します! 飛竜に乗った者達は白旗を掲げております! それに、小官の記憶が正しければ、遊撃隊の一員だと思われる少女が同乗しています!」

「アトレットが!?」


 今度はカティアが困惑の声を上げる。


 アトレットを含む偵察隊に随伴した面子は、この駐屯地で一晩を明かしている。特に幼く、元気溌剌としたアトレットは強烈に印象に残ったことだろう。見張り兵の言葉は信憑性しんぴょうせいがあった。


 それでも一応自分の目で確認するべく、カティアは物見台へ昇って双眼鏡を借り、今にもこちらへ迫り来る巨体を観察する。


 その背には確かに、笑顔で手綱を握るアトレットの姿があった。その後ろには同行した遊撃隊員もおり、白旗を大きく振っている。


「何やってるのあの子達は!?」


 信じられないとばかりに額に手をやり、思わずよろけるカティア。

 想像の遥か上を通り過ぎ、どういう過程でこのような状況になっているのかまったく理解不能であった。


「少佐殿! 乗っているのは確かに遊撃隊員です! 攻撃中止を申請します!」

「む、そうか。しかし万が一がある。総員警戒態勢に移行し待機!」


 ユーゴーの命令が切り替わると、駐屯地の兵らはわずかに落ち着きを取り戻してことの成り行きを見守った。


 しばらくして、アトレットらを乗せた飛竜は見る見る内にその巨体を肉眼で確認できる範囲に現した。

 その後ろ足には、これもまた巨躯を誇る飛竜の両断された死体をがっしりと掴んでおり、それを先に地面に降ろした後、駐屯地より少し離れた場所へ暴風と轟音を伴って着地する。


 そして飛竜から降りるなり、アトレットと隊員らは大手を振って駐屯地へと入り込んだ。


「やっほーう! 少佐~、中尉~! アトレット上等兵と愉快な仲間達、竜騎士になってただいま帰還しました~!」


 満面の笑顔で敬礼して見せるアトレットと、対照的に青ざめた顔の隊員達。


「空の上があんなに怖いとは思わなかったぜ……」

「高いわ速いわ風は強いわ……いつ振り落とされるか知れたもんじゃねえ……」

「半日もしないでここまで着いたのはすげえが……これを何往復もすると考えるだけで吐きそうだな……」

「なんであのちび助はあんな元気なんだ……」


 揃いも揃ってげっそりした大人達に同情の念を覚えるも、カティアはそれよりも状況把握を優先した。


「貴方達、戻ったのはいいけど、まずは報告することがあるでしょう?」


 すっかり固まっているユーゴーに代わり、カティアは鋭く問いを飛ばす。


「あの飛竜はどうしたの? 一からきっちり説明しなさい」

「えっとー、あの子はリューくんです!」

「は? リューくん?」

「そうです! リュークって名前を付けたので、略してリューくんです!」

「ああそう……じゃなくて! 名前よりも先に経緯を聞かせなさい!」

「あー、中尉殿。こいつは今ハイになってるんで、俺から話しますよ」


 ようやく空酔いが抜けたのか、立ち直った伍長が報告を始める。


 紅が先行した砦にて、竜騎士隊の奇襲を受けたこと。

 一頭の飛竜を残して返り討ちにしたこと。

 どうやら命を助けた恩義から、その飛竜が紅に懐いたらしいこと。

 そこに目を付けた紅が、戦利品の運搬に飛竜を利用しようと思い付いたこと。など。


 その間に遊撃隊員達も集まってきており、さらなる紅の武勇伝に大いに湧いた。


「りゅ、竜騎士を20騎も同時に相手取って全滅させた……? は、ははは……流石は少佐相当……」


 ユーゴーが引きつった笑いを漏らして脱力しつつ、飛竜に危険はないものと判断して警戒態勢を解除し、兵を作業に戻らせる。


「いやー、隊長なら竜騎士を倒すのなんざ余裕だろうとは思ってたが、まさか飛竜まで仲間に引き込んじまうとはなあ」

「……女神の威光の前では、飛竜さえも頭を垂れる……」

「それもすげえが、直接関係ないアトレット達を乗せるよう説得しちまうのも、隊長のカリスマがぶっ飛んでるって証拠だぜ」

「まあ、このちびっこは怖いもん知らずのコミュ力の塊だしな。どうせ気安く近寄って、いつの間にかしれっと仲良くなってたんじゃねえか?」

「元々野生児みたいなもんだからな。それは有り得る」

「君達、なんか酷いこと言ってない?」


 アトレット達がわいわいと話し始める横で、カティアへの伍長の報告は続く。


「とまあ、おおまかな流れはそんな感じでして。ここへはワーレン要塞に向かうついでに報告に立ち寄ったんですよ。ザルツ砦を占拠し、そこまでのルートの安全は確認したので、兵站線の構築を開始されたし、とのカーレル大尉よりの伝言です」

「うむ。ご苦労。備えてはいたが、もう出番が来るとはな。迅速に対応しよう。ところで、肝心の少佐相当はどうしている? 大人しくザルツ要塞の守備に着いているのか?」


 気を取り直したユーゴーが問うと、伍長は気まずそうに頭をかいた。


「あー、それがですね……竜騎士隊の全滅を受けて、帝国が警戒網を敷く前にグルーフ要塞まで前線を押し上げると言い出して、突っ走って行きました」

「……確かに好きにやれとは言ったが……進軍が早過ぎる! 追い付ける訳があるかー!!」

「少佐殿、お気を確かに!」


 頭を抱えて叫び出したユーゴーを、カティアは慌ててなだめた。


「く、詳しいことはカーレル大尉の報告書がありますんで、こちらを確認して下さい。じゃあ、俺達はワーレン要塞に向かいますから、ここで失礼します」


 そそくさと報告書をカティアに押し付けると、伍長は申し訳程度に敬礼を残し、一緒に来た面子を連れて飛竜の元へ去って行く。


「本っ当にあの人は! やりたい放題なんだから……!」


 報告書を読み始めたカティアの胸に誇らしさが広がると同時に、胃がきりきりと絞られるような痛みを訴えた。

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