八十 巧遅拙速
ザルツ砦を野営地として夜を明かした偵察隊は、早朝に起床して身支度と朝食を済ませると、今後の方針を決めるための会議を開いた。
「まずは現状の整理から始める」
石材に座る紅のそばに立ったカーレル大尉が、率先して進行を務める。
「現在我々はミザール原野の第一拠点、ザルツ砦の占拠に成功した。ここまで進行した結果、待ち伏せていた竜騎士以外の敵影はなし。常駐部隊は恐らく後方へ撤退したものと思われる。しかし二番目に当たるカーク砦に合流したのか、その先のリドール砦なのか。または全軍グルーフ要塞まで引き上げたのかまでは目下不明。これについては、偵察をしないことには何とも言えない状態である」
隊員を見渡し、異議のないことを確認すると、再び口を開くカーレル。
「次に紅少佐相当殿の戦果について。昨日隊員総出でかき集めた飛竜の数と、少佐相当殿が討ち取った部隊長を合計して、なんと20もの竜騎士を撃墜したことになる。これは史上類を見ない快挙であり、帝国にとっても大打撃だと思われる。この有様を知れば、恐らく帝国の警戒度が上がり、これ以上の竜騎士の派遣を躊躇する可能性すらある。ただ逆に、中途半端な攻勢を止め、切り札である三騎将を動かして、一気に決戦に乗り出して来るリスクも相応に上がったことも否めない。この辺りは参謀本部でも意見が割れそうではあるな」
情報部らしい分析を交えた解説に、聞き手に回った隊員達は神妙な顔を見合わせた。
「そしてさらに戦利品として忘れてはならないのが、大量の飛竜の死体と、生きた飛竜の獲得だ。死体の一部は当面の食糧とし、残りは王都へ送って研究サンプルに回すことで無駄なく活用できるだろう。生きた飛竜に関しても、無理やりの捕獲ではなく、少佐相当殿が従えた状態であることから、今後の行動を左右する有用性を秘めている。あくまで乗りこなせれば、の話ではあるが」
カーレルは言いながら、門の外で大人しくしている飛竜へちらりと視線を走らせる。
一晩経っても逃げ出さず、同じ位置で寝そべっているのを見たカーレル含む隊員達は、飛竜の忠義を認めざるを得なかった。
「さて。ひとまず情報は出揃ったか。続いて個別に議題を取り上げていく。皆も積極的に意見を出してくれ。まずはここ、ザルツ砦の利用価値について。ざっと点検したところ、建物は焼け落ちたとは言え、外壁は健在であり、基地として十分に機能するだろうと判断する。よって後程伝令を出し、ルバルト駐屯地より資材の搬入を始めてもらうつもりだ。残った者はその間砦の防衛と、飛竜肉の加工に当たるものとする。意見のある者はいるか?」
カーレルが問うも、反対意見は特に出なかった。
「よし。ではこの案はそのまま通す。次に敵軍の現在地と規模について。これはまた地道に偵察に出るしかないと思われるが……」
「大尉殿。よろしいですか」
カーレルが二つ目の議題を出すと、それまで任せきりだった紅が唐突に口を開いた。
「は。何でありましょうか」
虚を突かれて多少動揺した様子のカーレルだったが、すぐに立て直して尋ねる。
「偵察は不要です。私が出ますので」
「は!? ま、また先行されるおつもりですか!?」
「はい。少数精鋭である竜騎士を、隊を分けて小出しにする愚は犯さないでしょう。付近に脅威は残っていないと見てよいかと。今の内に敵拠点を潰し、可能であればそのまま要塞まで前線を押し上げます」
今度は受け流せず、明らかに狼狽するカーレルへ、紅は涼し気な表情であっさりと返した。
「まだこの砦までの兵站線も築いていないのですよ! あまりに性急すぎるのではありませんか?」
「いえ。今考えてみれば、遅いくらいかも知れません」
食い下がるカーレルに、首を横に振る紅。
「何を根拠にそう仰られるのでしょうか」
「待ち伏せていた竜騎士隊とて、定時連絡は欠かさなかったことでしょう。次の砦はその中継点である可能性があります。であれば、出撃したまま戻らない上、連絡も途絶えたことをあちら様は今頃不審に思っているはず。このまま時間を与えれば、警戒されて面倒なことになるかも知れません。それこそ先に話題に上がった三騎将とやらを呼ばれるような事態もあり得ますし。その点、私が先んじていれば食い止めることもできるでしょう。本来なら昨日の内に進撃すべきでしたが、ついお肉の誘惑に負けてしまいました。失敗しましたね」
最後は誤魔化すように可愛らしく舌を出す紅だったが、語った内容は的確で、十分にあり得るものであった。
「確かに、帝国からしたら20人もの竜騎士が戻ってこなきゃ大騒ぎだろうな」
「下手すりゃこっちが偵察する以前に、もう向こうの斥候が迫って来ててもおかしくないか」
紅の見解を聞き、隊員達がどよめき出す。
「……なるほど。そこまでお考えでしたか。出過ぎたことを申しました」
しばし吟味した後、カーレルは紅へ頭を下げた。
「いいえ。慎重なのはよいことです。あなたはその慎重さを、偵察隊の指揮に活かして下さい」
「は!」
カーレルの敬礼に笑みで返した紅はすっと立ち上がると、再び口を開く。
「時間が惜しいので、さくりと議題を片付けましょうか」
早々に出撃を取り決めた紅は、一刻も早く出発したいがため、珍しく会議を主導し始めた。
「残りは駐屯地への伝令、肉の加工、死体の運搬の班分けですね。ここで一つ疑問があるのですが、死体を王都へ運ぶにしても、かなりの日数がかかりましょう。道中で痛んでしまうと思うのですが、何か妙案でもあるのですか?」
「はい。道中でワーレン要塞に寄り、聖王国から派遣された神官に保存の奇跡をかけてもらうのです」
「はて。奇跡とは?」
聞き慣れぬ単語に聞き返す紅へ、カーレルは丁寧に説明を始める。
「簡潔に申せば、神の力を借りた魔法のようなものです。聖王国の国教である聖教の信徒は、信仰心の高さに応じて、神から様々な奇跡を賜ることがあります。ワーレン要塞が数ヶ月の間戦線を維持出来たのも、聖教の神官が治癒の奇跡を行使して負傷者を即座に回復していたことが大きいのです」
「そのような技能があるのですか。便利なものですね」
「神に選ばれし者のみが扱える代物なので、使い手は少ないのですけどね」
感嘆の声を上げる紅に、カーレルは一部補足した。
「ではその方々にお願いすれば、鮮度を保ったまま王都へ死体を送れるということですか」
「その通りです。しかしここからワーレン要塞まで、駐屯地から馬を借りて引いて行くにしてもそれなりの日数はかかるでしょう。その分の劣化は避けられませんね」
「それについては、良いことを思い付きました」
残念そうに肩をすくめるカーレルに対し、紅は悪戯っぽく微笑んで見せた。




