七十七 火花散る空
少女との決闘に応じたファルメルは、一度距離を離し、高度を上げつつ最高速度まで引き上げる。
そして急降下と共に剣を抜き放ち、少女目掛けて飛竜を突っ込ませた。
戦闘状態に頭が切り替わったことで集中力が増し、周囲の動きがゆっくりと見え始める。
それは少女の動きも例外ではなく、こちらに向けて剣を振るうのが確かに視認できた。
ファルメルの手綱さばきによって飛竜がわずかに軌道を変え、飛ばされた斬撃を紙一重でかわし、速度を落とさず突き進む。
軽い感嘆を浮かべる少女の顔が視界に入り、斬り付けようとした刹那、飛竜は突如向きを変え、少女の背後へ素早く回り込んだ。
そしてファルメルは殺気と憎しみを込めた渾身の一撃をその背へ突き入れるが、少女は振り返りもせずに刀で受け止めた。
「ふふ。足場が悪いとは言え、剣で受けたのは大陸へ来て初めてですね」
少女は半身を捻って笑顔を見せると同時に剣を振り抜いたが、その頃にはファルメルはすでに離脱し、火炎の置き土産をも残して目くらましとしていた。
少女が炎を斬り散らす間に、足場としている飛竜の腹の下を潜り抜けて正面へ回り、再びの奇襲を試みる。
しかし少女はすでに前を向いており、ファルメルの剣は大きく横へ弾かれた。
そして少女が二の大刀を加えようとした刹那、足場の飛竜が不意に悲痛な咆哮を上げて暴走し、じぐざぐな軌道を描いて飛び始めてファルメルは難を逃れる。
主を失い、味方からの一斉放射に晒された上、頭上で苛烈な戦闘が始まったことで恐慌に陥ったらしい。
しかしファルメルの飛竜は容易くその動きに付いて行き、足場の定まらない少女へ全方位からの攻撃を仕掛け続けた。
ファルメルの飛竜が火炎を吹きつけ、少女がさばいている間に死角へ回り込んでは剣が舞い、刀とぶつかり合って火花を散らす。
小型飛竜の機動力と、それに対応出来るファルメルの動体視力あってこその見事な連携であった。
「ふふ。なかなか容赦のない方ですね」
縦横に揺れる不安定な足場のせいか、少女の剣は明らかに精彩を欠いていた。
ファルメルと飛竜の猛攻の前に防戦を強いられるが、それでも少女の笑みは揺るがない。まるで危機を歓迎するかのように、輝きを増してさえいる。
「敵の弱みを狙うのは戦の常道! 非難される謂れはない!」
「非難などしません。まさしくその通り。気が合いますね」
「貴様と気など合ってたまるか! 虫唾が走る!」
激しく剣を交えつつ、ほんの刹那言葉を交わす二人。
しかしファルメルの断固とした拒絶により会話は終了し、飛竜の炎が二人の間をさらに隔てた。
その隙を縫って頭上を取ったファルメルの斬り降ろしも少女は容易く受け止め、弾き返すと同時に複数の斬撃を繰り出す。
これにはたまらず回避を選び、わずかに距離を取るファルメル。
すると少女はその合間にしゃがみ込み、足場にしている飛竜へ語り掛けていた。
「大丈夫です。落ち着いて。あなたの安全は保障します。私に身を委ねて下さい」
親が子供へ向けるような、慈愛を含んだ声音と共に足元の背を撫でると、あれだけ荒ぶっていた飛竜がたちまち大人しくなり、真っ直ぐに飛び始めたではないか。
「この短時間で飛竜の心を掴んだだと!?」
感じていた危惧が現実のものとなり、ファルメルは驚愕の叫びを上げていた。
「ふふ。誠意が通じたようです。賢い子ですね」
花咲くような笑みを浮かべた少女が手綱を引くと、飛竜は素直に旋回し、ファルメルを正面に捉えた。
「条件がいささか特殊でしたが。大陸でここまで打ち合えたのはあなたが初めてです。足場も安定しましたし、ここからは敬意をもってお相手致しましょう」
すっと立ち上がり、姿勢を正した少女から、これまでにない圧力が押し寄せる。
ファルメルはどうにか隙を見付けようと飛竜を高速で移動させるが、逆にどこへ行こうとじっくりと視られている感覚が拭えなくなった。
まるで少女を中心に、見えざる壁が唐突に現れたような錯覚さえ覚え、これまで優勢に攻めていたお陰で忘れていた悪魔への恐怖が、じわじわと背中を這い上がって来る。
しかしここまで来て引き下がっては竜騎士の名折れ。
ファルメルは気力を振り絞って少女を強く睨んだ。
「行くぞ、ワールウィンド。必ず悪魔をここで墜とす!」
相棒が呼応して咆哮を上げ、最高速度で少女とすれ違い様にブレスと剣を同時に叩き付ける。
それを少女は何の動きも見せないままに弾き返した。
姿勢が安定したことで、元の剣速を取り戻したのだ。
最早ファルメルの動体視力をもってすら視認困難な斬撃が乱れ飛ぶ中を、飛竜は曲芸じみた飛び方で掻い潜って行く。
そして牽制のブレスを吐きつつ接近し、素早く頭上を取った。
「死ね、悪魔!」
大きく振りかぶった一撃を少女の脳天に見舞うも、首を傾けただけで避けられる。
しかしファルメルはその場で飛竜を回転させて、尻尾の一撃へと繋いでいた。
狙いは少女の乗った飛竜の翼。皮膜を破ってしまえば、それだけで飛ぶ力を失い墜ちてゆく。
いくら悪魔とは言え、この高度から落ちればひとたまりもあるまい。
心の中で飛竜に謝罪しながら尻尾を振り抜かせるが、少女の声がそれを遮った。
「それは見逃せません。安全を約束しましたので」
少女が言葉を終える前に、すでに異変は起きていた。
ファルメルの飛竜の尻尾がいつの間にか根元から斬り飛ばされ、バランスを大きく崩した。
「くっ! まだだ、ワールウィンド! このまま巻き込め!」
姿勢の立て直しは不可能と悟ったファルメルは、重力に従って落下を始める飛竜に体当たりを命じると、飛竜は身を捻って少女の真上を取り、頭を噛み砕かんと顎を開いて降下する。
しかし少女に届く前に、飛竜の鼻先から幾筋もの切れ目が入り、やがてその巨体はこま切れとなって宙の彼方へ散って行った。
「おのれ、よくも!」
いち早く愛竜の背を蹴っていたファルメルは剣を振り下ろしながら、少女の乗る飛竜の背へ着地した。
しかし刃を弾かれる感覚はなく、見れば剣は半ばから先を失っていた。
「人竜一体の素晴らしい攻勢でした。貴重な経験の場を設けて下さり、感謝致します」
音もなく納刀していた少女は深々と一礼すると、くるりと背を向けて手綱を操るのに意識を向けた。
「待て! まだ勝負はついて……!」
激昂して剣を振り上げたファルメルの手が、肩口からサイコロ状にぼろぼろと崩れて血飛沫と共に空へ舞い上がる。
ああ。すでに終わっていたのだ。
愛竜を囮にして、特攻までさせたというのに、一つの傷も与えられなかった後悔と未練がファルメルを絶望の淵に追い込んだ。
「すまない、ワールウィンド……もっと一緒に飛びたかった……」
無数に斬痕が刻まれた身体が崩れゆくのを自覚し、ファルメルは一言残すと、途端に輪郭を失い、愛竜を追うようにして吹き抜ける風の中へ流れ去って行った。




