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七十六 反撃の嚆矢

「セドラー少尉!」


 ファルメル大尉は一瞬で頭を撃ち抜かれた竜騎士の名を叫ぶも、当人は意識を失ったか、はたまた絶命したのか、返事はなく脱力して飛竜の鞍からずり落ちていた。


 仮に一命を取り止めていたとしても、この高度から落ちれば死は免れまい。


「まずは一つ」


 にこりと微笑んだ少女は、次いで垂直に近い岩壁をまるで平地であるかのように駆け上がり、巨大な奇岩の頂上へと陣取った。


「何だあの動きは!?」


 立て続けに人間離れした技を見せ付けられ動揺するファルメルだったが、思い起こしてみれば、相手は砦の城壁をも軽々と越える化け物である。周辺の巨岩を登るのも苦ではないのだろう。この程度は想像して然るべきであった。


 奇岩地帯に竜騎士隊を誘い込んだのも、恐らく足場を得るためだったのだ。

 となれば、次に少女が取る行動は絞られる。


 そこでファルメルははたと気付き、即座に声を張り上げた。


「──各自散開! 高度を上げろ!」

「少々判断が遅かったようですね」


 少女はくすりと含み笑いを残し、骸と化して落ちて来た飛竜の巨体に飛び移ると、間を置かずにその背を蹴ってさらに高く跳躍した。


 行く手には小石で撃墜されたセドラーと同じ班が残っており、慌てて旋回を始めたが、その頃にはすでに少女は頭上へ舞っていた。


「これで四つ。つーかまーえた」


 空中ですれ違った際にすでに斬っていたのだろう。楽し気に少女が数えると同時に、飛竜と人の首が一斉に飛んで血飛沫が上がった。


 4人一組の班の一つがものの数秒で討ち取られ、ファルメルは唖然とするも、ぐっと手綱を握り締めて残りの班へ退避を促す。


「……とにかく一度距離を取れ! 陣形を立て直すのだ!」


 指示に従い高度を上げていく部下達を確認した後、少女の監視に戻ったファルメルは信じられないものを見た。


 一頭だけわざと残したのだろう飛竜の背に降り立ち、手綱を握る少女の姿を。


「これはこれは。なかなかに良い眺めですね」


 突然乗り込んだ異物を振り落とそうと暴れる飛竜もなんのその。絶妙な平衡感覚で揺れを受け流してその背に直立し、周囲を一望する少女。


 中天にある陽の光を一身に受け、艶やかな黒髪をなびかせて無邪気な笑みを浮かべる様は、戦闘中であることを忘れさせる程に優美だった。


 しかし見た目に惑わされてはならない。

 相手はこれまで多くの帝国兵を斬殺してきた悪魔の化身である。


 ここからさらにどのような攻勢に出て来るか予想も付かないのだ。


 流石に自分達竜騎士が厳しい修練に耐え、確たる絆の構築を経て、ようやく乗りこなせるようになった飛竜をすぐさま操れるとは思えないが、この少女に限っては万が一を実現させ得る底知れなさがある。


 少女の乗った飛竜がもがいて時間を稼いでいる内に、急いで隊の陣形を整えなければ。


 先に高度を上げさせた部下達と合流するため、ファルメルが飛竜を旋回させようとしたその時。ぞわりと全身が総毛立つ感覚が湧き起こり、とっさに降下して回避行動へ切り替えていた。


 すると頭上すれすれをひゅんと細長い何かが高速で横切り、直線状にいた竜騎士数名を貫いて行った。


「残念。勘の良い方ですね」


 その言葉に少女を見やれば、竜騎士の標準装備である弩弓の矢束を手にしているではないか。


 迂闊であった。

 アレスト少将の報告にも、矢を素手で投げ返すという供述があったと言うのに、飛び道具を与えてしまったのだ。


 先程の小石の投擲から考えて、ブレスで幕を張ったとしても貫通される可能性は否めない。


 つまりここへ来て、遠距離の有利を失ったことになる。


「できれば私は飛び道具を使いたくないのです。やはり直接斬った手応えが欲しいので」


 恐ろしいことをにこにこと語りながら、もてあそんでいた矢の一本をつまんでひょいと投げる少女。


 たちまち風切り音がファルメルの側をかすめて通り過ぎ、また一人竜騎士の悲鳴が上がった。


「そろそろ鬼ごっこはお終いにして、堂々と向かってきて頂けると嬉しいのですが。いかがでしょうか」


 つまりはこのままの距離で順に撃ち落とされるか。

 それとも近距離戦で斬り捨てられるかを選べ、と。


 無垢な笑顔で非情な二択を迫る少女に竜騎士隊は戦慄した。


 ファルメルの小型飛竜ならばなんとか少女の放つ矢を回避できたが、他の竜騎士は火力重視で選抜されたため、標準より大型の飛竜ばかりである。とてもあの速度の矢を避け切る機動性はないだろう。


 しかし少女自身も、飛竜の上に立ってはいるが、未だに自由に移動させるまでには至っていない。つまり逃げ場は無いに等しいのだ。


 となれば、少女が乗っている飛竜も含め、多少の被害を覚悟で全方位から包囲して、ブレスの一斉放射で攻めるのが良策かと思えた。


 部下を振り仰ぐと皆意見は一致しているようで、力強い視線が送られて来る。


 ファルメルは頷き返すと、意を決して命令を下す。


「全隊散開後、標的を包囲! 一気に仕留めるぞ!」

『応!』


 各員が即応して行動に移る中、包囲されゆく少女は嬉し気に微笑んだ。


「皆様勇猛でありがたいことです。やはり戦は真っ向勝負でなくては」

「その余裕、今すぐに打ち砕いてやる!」


 上下左右をくまなく覆う立体的な円陣が組み上がると、ファルメルの掲げた手が振り下ろされる。


「焼き尽くせ!」


 空中を轟音と共に鮮やかな暖色が彩り、太陽を具現したような炎の球体が荒野に現れた。


 業火の網がたちまち飛竜ごと少女を包み込んで行き、竜騎士隊が快哉を叫ぶ。


「見たか悪魔め! これが竜騎士の、帝国の力だ!」


 拳を振り上げ、ファルメルが勝利を確信した瞬間。


 風船が内側から破裂するかのように、火球が一瞬膨張し、花火のように弾けて消え去った。


「素晴らしい連携です。確かに見届けました」


 煙が晴れ、飛竜の上で平然と無傷で立つ少女の姿が現れると、その右手には紅い刀が握られていた。


 まさか、剣風だけであの業火を吹き消したというのか。


「な……何をしている! 攻撃を続けろ!」


 ファルメルは信じがたい思いを押し殺し、隊員へ命令を飛ばす。

 しかしそれに応える者は一人としておらず。


 ファルメルの視界の隊員達は、すでに飛竜ごと両断されてゆっくりと降下を始めていた。


 全方位から迫るブレスを押し返し、適切な距離を取っていたはずの竜騎士全てを寸分の狂いもなく斬って捨てる。


 あの剣は、一体どこまで届くと言うのであろうか。


 まさに悪魔の如き絶技であった。


「き、貴様……それだけの射程がありながら、何故今まで反撃しなかった……?」


 一瞬で部下が全滅した衝撃に震えつつも、純然たる好奇心から問いがファルメルの口から漏れる。


「初めて対峙する兵科ですので、勉強させて頂こうかと思いまして。観察は済みましたから、まとめて片付ける機をうかがっていたまでです。地上で攻撃していたら、警戒して作戦を変更されたかも知れませんし。逃げられでもしたらつまらないでしょう?」


 何でもないように言ってのける少女だが、竜騎士の攻撃をかわし続ける体力と身体能力、そして自分に有利な状況を作り出す機転が全て揃ってようやく実行できる行動である。


 つまり、竜騎士隊は少女を攻め立てていたつもりが、全て少女の筋書き通りに踊らされていたに過ぎなかったのだ。


「あなたとは因縁がありますから。最後に一騎打ちをしたいと思っていたのです。この期に及んで、逃げはしませんよね?」


 いつの間にか大人しくなった飛竜の上で、にっこりと微笑む少女の言葉は、ファルメルにとって挑発以外の何物でもなかった。


 ファルメルの愛竜であれば、この場からの離脱は容易いだろう。


 しかし竜騎士に二度も退却は許されない。いや、それ以前に自分が許せない。


 グリンディール大佐を始め、多くの帝国兵や将校、加えて今も目の前で部下を惨殺されたのだ。

 この悪魔を放置して逃げ帰る選択肢などありはしなかった。


「……無論だ! 受けて立つ!」


 ぎらりと瞳に闘志を燃やし、ファルメルは勇んで手綱を引いた。


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「き、貴様……それだけの射程がありながら、何故今まで反撃しなかった……?」  一瞬で部下が全滅した衝撃に震えつつも、純然たる好奇心から問いがファルメルの口から漏れる。 「初めて対峙する兵科…
「できれば私は飛び道具を使いたくないのです。やはり直接斬った手応えが欲しいので」  恐ろしいことをにこにこと語りながら、弄もてあそんでいた矢の一本をつまんでひょいと投げる少女。  たちまち…
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