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七十五 業火に舞う

「決して陣形を崩すな! 合間を空けずに攻め立てよ!」


 ベルンツァの悪魔と呼称される黒衣の少女と交戦に入った帝国竜騎士隊は、ファルメル大尉の指揮下で少女へ一方的な攻撃を仕掛けていた。


 出来れば初撃の一斉放射で仕留めておきたかったが、まさか城門をあれほど容易く破壊して脱出するとは。予想の範囲だったとは言え、やはり恐るべき攻撃力であった。


 先制攻撃が回避された場合の次のプランとして用意されていたのが、現在行っている高度を維持したままの火炎による連携攻撃である。


 飛竜の吐くブレスが荒れた大地を縦横に舐め焦がし、わずかに自生する灌木かんぼくや雑草までも焼き尽くしていく。


 しかし肝心の標的にはかすりもせず、少女はひらりひらりと舞うように飛び退きながら、軽やかに炎をかわしていた。


「奴め、想像以上に素早い。やはり長期戦を想定していたのは正解だったか」


 ファルメルは双眼鏡を覗きながら言い捨てる。


 彼女は飛竜を小刻みに移動させ、常に少女の頭上を取ることで、その位置を竜騎士隊に伝達する役割を担っていた。


 ファルメルが駆る小型の飛竜は速度に特化した種類であり、小回りも利くため、隊の中で最もこの配置に適性があるとして引き受けたのだ。


「2班! 高度が落ちているぞ! 迂闊に近寄るな!」


 司令塔として少女の観察と並行して部隊の動きも見渡し、鋭く指示を飛ばすファルメル。


 今のところ反撃をしてこないとは言え、実際の少女の間合いはまったくの未知数なのだ。

 少しでも隙を見せれば、次の瞬間に何を仕出かすか分からないという緊張感がファルメルに付きまとっていた。


 この比較的安全だが消極的とも言える作戦の発案者は、誰あろうファルメル自身である。


 参謀本部の会議にてこの案を披露した際は、栄えある竜騎士の戦い方ではないと列席者の多くが嘲笑した。


 しかし議長であるザミエル中将は悪魔の危険性を深く理解しており、その直接の目撃者であるファルメルの意見をないがしろにしなかった。


 対悪魔戦に求められるものは勇猛さだけではないことは、真っ向勝負を選んだ第4軍の末路をかえりみれば一目瞭然。

 姑息、卑怯と言われようが、確実に仕留めることが肝要であるとザミエルは断言し、本案の採用に至ったのだ。


 現在展開している戦況は、たった一人の少女を多数の竜騎士が囲んで追い回すという、およそ栄光や勇名などとは縁遠い光景だと万人は思うだろう。


 しかしそれは、そこまで警戒しなければならない相手だと知りもしないからこそ言えることなのだ。


 本来であれば、竜騎士は常に誇りをもって戦へ臨む。


 しかしこれは戦ではない。狩りだ。害獣駆除と言っても良い。

 狩りには誇りなど不要。ただ獲物を執拗しつように追い詰め、徹底的に弱らせ、必ず止めを刺すことだけが目標である。


 そう己に言い聞かせ、ファルメル以下竜騎士隊は攻撃に専念していた。



 竜騎士隊優勢なまま戦闘を続けることしばし。


 ファルメルは一息つきながら周囲を見渡し、かすかな違和感を得た。


 先程までは、ザルツ砦近辺の平地で戦闘を行っていたはず。

 しかしいつの間にか戦闘想定区域を外れ、奇岩が乱立する荒れ地へと徐々に入り込み始めていた。


 少女はただ攻められるままに逃げ回っていたのではなく、何か狙いがあって、さりげなく部隊を誘導しているのだとしたら。


 そう思い付いたファルメルの背筋をぞわりと冷たいものが走り抜ける。


「各班に告ぐ! 砦より離れ過ぎだ! 奴の進路を塞いで押し戻せ!」


 現在の攻撃班が指示を実行しようと少女の行く手に先回りをするが、一足遅く少女はそびえる奇岩の陰に入り込み、浴びせられた火炎をやり過ごした。


「まずい……岩場に入られると視認しにくい上に射線が通らない……!」


 位置こそ自分が頭上を抑えているため丸分かりだが、他の竜騎士からは死角が増えたに違いない。


 少女を見付けるのに手間取り、次第に攻撃頻度が落ち始めてゆくのをファルメルは感じ取った。


 しかし狭い場所というのは、逃げ場も少なくなるのと同義である。


 奇岩の隙間に潜り込んだところを挟撃すればかわしようもあるまい。


「4班、5班!」


 待機中だった班を呼び出すと、ファルメルは手で合図を送って左右へ散開させる。


 そして少女が再び奇岩の合間へ身を隠した瞬間を狙い、別角度より奇襲を試みた。


 奇岩に挟まれた空間を埋め尽くすように、二方向からの業火が薙ぎ払う。


 ファルメルはその間少女から目を離さずにいたが、火炎が迫る中、跳んだりなどして避けた様子は見受けられなかった。


「どうだ……!」


 ファルメル含む竜騎士隊が祈るような気持ちで鎮火を待つ。


 炎が消え失せた後、黒焦げとなったはずの少女の姿はなかった。


「馬鹿な! どこへ行った!?」


 焦るファルメルが周囲をより俯瞰ふかんしようと高度を上げた時、焼け焦げた奇岩の裏側に立つ少女を発見した。


「いつの間に!?」


 驚愕を隠せないファルメルに、低い位置にいた部下から報告が入る。


「隊長! 奴の背後の岩に穴が空いています! 信じられませんが、恐らくは……!」

「あの一瞬で掘ったと言うのか!?」


 荒れ地に並び立つ奇岩は砂岩さがんで出来ているため比較的脆いとは言えるが、それでも岩は岩である。生半可な力で貫ける程やわではない。


 ファルメルの目にも止まらぬ速さで、それも厚さ5、6mはありそうな巨岩を瞬時にくり抜いてみせたという事実が、竜騎士隊の怖気おぞけを誘い、致命的な隙を与えた。


「ふふ。久しぶりに楽しい鬼ごっこです。あなた方の手の内は大体読めましたし、そろそろ鬼の交代と参りましょうか」


 実に嬉しそうに微笑みながら少女はそう言うと、足元に転がっていた小石を拾い上げた。


「何をする気か知らんが、させるか!」


 たまたま少女を視界に入れていた竜騎士が即座に火炎を放射すると、少女はすぐさまそちらへ顔を向ける。


「それでは手始めにあなたから」


 少女が無造作に親指で小石を弾くと、迫り来る炎の中心を凄まじい速度で突き抜け吹き散らしてゆく。


「は? え……?」


 そして炎の発射点──即ち飛竜の口腔に達し、そのまま喉を貫いて、騎乗していた竜騎士の頭蓋も兜ごとかち割った。

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