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七十一 再会と辞令

 兵の休養期間に入ったワーレン要塞に、遊撃隊も逗留する中、紅とカティアはキール中将に呼び出されて執務室へ向かっていた。


「失礼致します」


 護衛の兵士に取り次いでもらい、紅の代わりにカティアがおとないを告げると、執務机に着席したキールがにこやかな笑顔で出迎える。


「二人とも、よく来てくれた。今日呼び出したのは他でもない。王都から貴官らに来客があってな」


 キールがそう言いながら応接テーブルを指差すと、見覚えのある男が座っていた。


「これはカーレル大尉殿!」


 それを見てカティアが嬉しそうな声を上げたことで、王都で面識を持った情報部所属の者だったとようやく紅は思い出した。


「久しいな。二人とも元気そうで何よりだ。活躍は聞いている」


 満面の笑みで敬礼を取るカティアに返礼しながら、カーレルは軽く微笑んで挨拶を述べる。


「大尉もお変わりないようで良かったです。今日はどうされたのですか?」


 カーレルに促されて対面に二人が着席すると、カティアが早速疑問を口にする。


「本日の用件は、参謀本部からの使いでな。先程中将閣下に書類をお渡しして私の仕事は完了したのだが、私が君達と顔見知りであると知って、こうして面会する場を設けて下さったのだ」


 カーレルはキールが隣に来るのを待ってから話を切り出した。


「うむ。こういうめでたい席には知り合いも立ち会うべきだろうと思ってな。特にその一報を運んできた当人であれば、反応も気になろう」

「お気遣い、感謝致します」


 キールが腰を下ろしながらそう言うと、カーレルは軽く一礼して笑みを見せる。


「と、申されますと……?」


 カティアが薄々話の方向を予期し始めると、キールは大きく頷いた。


「うむ。この度のルバルト平野会戦においての武勲を評価し、本日付けで紅大尉相当は少佐相当へ昇進。カティア少尉は中尉へと昇進という運びとなった。並びに、遊撃隊の中でも特に目立った戦績を上げた者も昇進としている。詳しくはこの辞令を確認するように」


 紅の代わりにカティアが震える手で令状を受け取り、深く一礼する。


「謹んで、拝命致します……!」

「うむ。おめでとう。これからも励んでくれ」

「ありがとうございます。誠心誠意尽くす所存であります!」


 令状を片手に敬礼するカティアに、カーレルも拍手を添える。


「おめでとう、カティア中尉。そして、おめでとうございます、紅少佐相当殿。これ程のスピード出世は近年稀に見ると、ロマノフ中将も仰っていましたよ」


 カティアの次に紅へ賛辞を贈る頃には、カーレルはすでに態度を上官へのそれへ切り替えていた。


「はてさて。傭兵である身にその階級がどう利するものかはわかりかねますが。皆様が評価されるのは良い気分ですね」


 地位や功名に興味のない紅は素っ気ない態度で返すも、カティアら遊撃隊の面子が昇進したことについては素直に喜んだ。


「そう無下にするものでもないぞ、少佐相当。階級が上がるということは、その分自由に動ける範囲も広がるということだ。少佐ともなれば、一軍を率いてもおかしくない地位でもある。戦場において、自ら立案を迫られる場面も出て来よう」


 キールが意味ありげな目配せをしながらそうさとすと、紅は言外にある程度の独断を許されたものとして解釈した。


「なるほど。そういうものですか」


 くすりと一つ笑みをこぼした紅は、悪戯っ子のような面相を浮かべていた。


「閣下、あまり隊長を炊き付けないで頂けますか……」


 その表情に気付いたカティアが苦言を呈するも、キールは黙したままにんまりと笑って誤魔化した。


「もう……あ。そう言えばカーレル大尉殿。一つ質問をよろしいでしょうか?」


 はぐらかされたカティアはふと思い出したように話題を変え、カーレルに向き直る。


「何かね?」

「こうしてお会いできたのは嬉しいのですが、令状の運搬だけでわざわざ大尉殿が動くことはありませんよね。他にも何か任務がおありなのでしょうか」

「ほう、鋭いな中尉」


 カティアの指摘に感心すると、カーレルはキールへ目配せをした。


「うむ。極秘という訳でもないし、彼女らにも関係することだ。話してあげなさい」

「了解致しました」


 許可を得たカーレルはカティアに視線を戻し、前置きの後に話し始める。


「特に大層なことでもないが。現在ワーレン要塞の兵を休養させると同時に、ルバルト平野から北への進軍ルートを模索中なのは貴官も知っての通りだ。しかし長らく帝国の占領下にあったせいで、現地の状況は不明。すでに斥候は出しているが、より精度の高い情報を得るべく我々情報部も出動し、指揮を私が執ることになったのだ。そのついでに令状も預けられたという訳だよ」

「それはご苦労なことです。それで。私達とはどう関わりがあるのでしょう」


 それまで黙っていた紅が声を上げると、カーレルは背筋を伸ばして紅へ向き直る。


「は。目下偵察任務を行いながら、安全を確かめた場所へ前哨基地を構築する準備を進めているのですが。候補地が見つかった場合、少佐相当殿率いる遊撃隊に守備をお任せする予定となっているのです」


 態度を改めたカーレルの説明を聞き、紅の顔がぱっと綻んだ。


「それはそれは。いよいよ最前線に置いて頂けるということですね」

「そうなるな。北のグルーフ要塞やいくつかの砦に駐留する帝国の兵力が不明な以上、現時点で動ける中で最強の部隊を配置するのが妥当だろうと参謀本部は判断した訳だ」


 そうキールが補足すると、紅の笑みは一層深まった。


「ご評価頂けているようで何よりです。出番が回って来るのが楽しみですね」

「その時が来れば存分に動いてもらうとも」


 にこにこと満面の笑みを見せる紅へ、キールは期待の眼差しを向けた。


「はて。そう言えば。私の探し人も、情報部の方が追って下さっているのでしょうか」


 カーレルが情報部だということを思い出した紅が、唐突に話題を変えて問う。


「はい。確かに我が情報部の管轄となります。しかし、申し訳ありません……鋭意捜索中ではありますが、未だ有力な情報は掴めていない状況です。今しばらくお時間を頂きたく存じます」

「仕方ありませんね。元よりそう簡単に見つかるとは思っておりませんので。もう少し皆様のお手伝いをしておくとしましょう」


 カーレルが深々と頭を下げるが、紅は特に気落ちもせずにあっけらかんと言い放った。


 気骨のあった帝国第4軍との交戦や、ニーベル大尉との手合わせで大陸の可能性をわずかに垣間見た紅は、師の捜索は二の次にして、目の前の戦を愉しむ方針に切り替えたのだ。


「寛大なお言葉に感謝致します」

「いいえ。乗りかけた船ですし」

「む、そうだ大尉。感謝と言えば、例のものも渡さなければ」

「ああ、これは小官としたことが」


 何やら思い出したキールに促され、カーレルは膝に置いていた旅行鞄を開くと中を漁り出した。


「実はロマノフ中将が、紅少佐相当殿は昇級では満足しないだろうと予測されておりまして。令状とは別に手土産を預かって参ったのです」


 言いながらテーブルに置かれた四角い紙箱から、紅は鋭い嗅覚で甘い香りが漏れ出しているのを感じ取った。


「これはこれは。食べ物でしょうか」

「仰る通りです。日持ちのする菓子をお持ちしました。お気に召して頂ければよいのですが」


 カーレルが箱を開けると、大きな長方形をしたスポンジ状の菓子が姿を現す。


「隊長、大変です! カステラですよ! 卵と小麦粉、砂糖、蜂蜜などを原料とする、ふんわりとした焼き菓子です!」


 興奮したカティアが紅の質問を先読みして説明する。


「なるほど。和国にも少数ながら、かすていらという名で輸入されていたと聞きます。よもや口にできる日が来るとは」

「原料が高騰しているので、今では滅多に食べられない高級品です! ありがたく頂きましょう!」

「ふふ。カティアもお菓子の前では歳相応ですね」


 満面の笑みを浮かべるカティアに負けじと、紅もにっこりと微笑むと、目前の男二人に向けて軽くお辞儀した。


「それでは遠慮なく頂きます。中将殿にはよろしくお伝えください」


 そう言うと紅はすっと席を立つ。


「隊長? ここで食べないのですか?」


 すぐに食べられると思い込んでいたカティアが残念そうな顔を見せるが、紅の次の言葉にて笑顔が戻る。


「せっかくですので、アトレットやニーベル殿をお誘いしましょう。一度女子会というものをやってみたかったのです」

「とても良い案かと思います!」

「それではお二方、ごきげんよう」

「中将閣下、大尉殿、失礼致します!」


 カティアがいそいそと箱を閉め直して小脇に抱えると、挨拶もそこそこに紅の後へ続いて退室した。


 突如台風が発生したかのようにかしましく去って行った二人の様子に、残された男二人は思わず圧倒され、しばしぽかんと呆けたままであった。


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「はい。確かに我が情報部の管轄となります。しかし、申し訳ありません……鋭意捜索中ではありますが、未だ有力な情報は掴めていない状況です。今しばらくお時間を頂きたく存じます」 「仕方ありませんね。元より…
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