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七十 示される道

 ファルメル大尉が落ち着いた頃を見計らい、アレスト少将はゆっくりと口を開いた。


「あの時は世話になった。救い出してもらいながら、まともに礼を言えてなかったのでな。ここしばらく、それが心残りだったのだ」


 軍帽を脱いで軽く頭を下げるアレストを、ファルメルは押し留める。


「おやめ下さい、閣下。任務でしたので、お気になさらず。そもそも閣下は第5軍の立て直しに奔走されておられると伺っております。小官もつい先日までは西方戦線におりましたし、お会いする機会が無かったのも仕方ありません」

「うむ……その件だが。首都に招集された理由が、奴……悪魔の討伐部隊に選抜されたからというのは本当か?」

「流石閣下。お耳が早い。はい、事実です。閣下と同じく、戦場で奴を見た経験を見込まれました」


 悪魔という単語が出たことで、アレストとファルメルの間に緊張が漂った。


「そうか……正直なところ、どうなのだ? 大尉を含めた面子で勝算はあるのか?」


 心配を隠しもせず問うアレストに、ファルメルも率直な所感を述べる。


「まったくもって不明です。閣下もお聞き及びかと思われますが、ゴルトー少将と第4軍を容易く打ち破ったという事実に怖気おじけづく者もおります。一筋縄では行かないことは確かでしょう」

「うむ……第4軍の件は耳を疑った。私とは反りこそ合わなかったが、ゴルトー少将の手腕は認めていたのだ。それがまさかあんなことになるとはな……」


 故人を思い返して言葉に詰まるアレストに合わせ、ファルメルもしばし沈黙した。


「……私はな、あの地獄から帰還後すぐに、ザミエル中将へ公国からは手を引くべきだと進言したのだ」

「その嘆願たんがんが通っていれば、ここまでの被害は受けなかったでしょうね」

「今更言っても詮無せんないことではあるがな。上層部が陛下の意向には逆らえんのは分かっていた」


 人気の無い場所に着いたことを確認すると、アレストは足を止めて壁に背を預ける。


「可能であれば、私が第5軍を立て直した暁には、率先して奴を討ちたい気持ちはある。しかし、これまでの倍の兵力を揃えたとしても、奴に勝てる筋が見えんのだ」

「でしょうね。あれには数による優位が通じません。だからこそ少数精鋭で挑むのが、本作戦の骨子となります」


 ファルメルもアレスト救出時に、悪魔のような少女の異常な攻撃力を目撃している。

 グリンディール大佐の決死の援護がなければ、アレストや飛竜ともども斬られていた可能性は大いにあった。


 その点は参謀本部にも報告し、作戦にも反映されている。

 しかしそれでも決定打に欠けることは否めない。


「……三騎将の方々が動けない以上、現時点でグルーフ要塞の援護に向かえるのは我々だけ。であれば、帝国軍人として謹んで命令を受諾するのみです」


 弱気を吹き飛ばすように、ファルメルは敢えて杓子定規しゃくしじょうぎな物言いをして背筋を伸ばした。


「貴官は、強いな」

「いいえ。ただの強がりです」


 力なく笑うアレストに、ファルメルは真顔で即答した。


 あの悪魔と再び対峙するのは、本音を言えば恐ろしい。

 しかし今あの敵を止めなければ、帝国まで到達される目算が高い。それだけは見過ごせなかった。


 あの悪魔に故郷の地を踏ませることは、帝国軍人としてなんとしてでも阻まなければならない。

 その気高い使命感が、ファルメルの恐怖を抑え付けていた。


「強がれるだけ良い方だとも。私は、一度心が折れてしまった」


 悲壮感を滲ませるアレストだが、片手は拳を握り締め、背後の壁にひびが入りそうな程に押し付けている。


「先程閣下は、奴を討ちたい気持ちはある、と仰せだったと思われますが」

「ああ……そのつもりはある。しかし、手段がないのでは負け犬の遠吠えに過ぎん……」


 ファルメルの問いに、アレストは自嘲気味に笑う。


 その様子を見てしばし思案したファルメルは、おもむろに口を開いた。


「賭けではありますが、一つ手がなくもありません」

「……何?」


 ファルメルの言葉に、ぴくりと反応を見せるアレスト。


「閣下は出世コースに乗られていたので、竜騎士の試験など選択肢になかったとお見受けします。ものは試しと申しますし、今からでも飛竜に選ばれるか挑戦なさってはいかがでしょうか」

「……上手く行けば、私にも力が手に入る、と……?」

「ええ。飛竜に限らず竜種は、心の強い人間を好む傾向にあります。閣下の強き想いが伝われば、従う竜がいるかも知れません」

「なるほど……一考に値するな」


 意外な道を示されたアレストの瞳に光が宿るのを、ファルメルは確かに見た。


「……作戦前に、長々と愚痴ばかりになってすまなかった。ここまでとしよう。有益な情報に感謝する。そして貴官ら部隊全員の武運を祈る。……死ぬなよ」

「は。お役に立てたのなら本望であります。もちろん死ぬつもりはありません。閣下の行く末にも、良き風が吹かんことを」


 互いに敬礼すると、その場で別れる二人。


 歩き始めたファルメルは思う。


 出来るならば、二度とアレストをあの地獄へ立たせたくはない。次は生きて帰れる保証はないのだから。

 これ以上有能な将を失うのは、帝国の沽券こけんにも関わる。


 しかしそのためには、自分達が悪魔を討ち取る他に道はない。


 そして何より、グリンディールの無念を晴らさなければ己の気が済まなかった。


「そうだ。奴の首は必ず私が取って見せる」


 厩舎へ戻るファルメルの胸にあの日の誓いが蘇り、記憶の中の少女へ怒りをたぎらせる。


 激情を抱いて前を見据えたファルメルへ不意に突風が吹き付け、長い後ろ髪をばさりと巻き上げた。

 逆立った金髪は陽射しを照り返し、燃え盛る炎のように輝いていた。


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「貴官は、強いな」 「いいえ。ただの強がりです」  力なく笑うアレストに、ファルメルは真顔で即答した。  あの悪魔と再び対峙するのは、本音を言えば恐ろしい。  しかし今あの敵を止めなけ…
「閣下は出世コースに乗られていたので、竜騎士の試験など選択肢になかったとお見受けします。ものは試しと申しますし、今からでも飛竜に選ばれるか挑戦なさってはいかがでしょうか」 「……上手く行けば、私にも…
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