六十七 北方戦線
ウグルーシュ帝国第2軍所属、オルネスト大佐率いる第1分隊は、帝国北方に点在する小国群の制圧を命じられ、わずか3万の兵をもって、すでに五つの国を陥落させていた。
その快進撃の立役者となったのが、オルネストを始めとした竜騎士隊である。
特筆すべきはオルネスト本人。
帝国竜騎士三騎将の一人であり、実質的な帝国最強の一角を担う彼は、通常の飛竜ではなく、さらに大型の火竜を従えており、その灼熱の息吹は小さな砦など容易く焼き尽くす程の威力を誇る。
オルネストが火竜と共に出撃するだけで戦の行方はほぼ決まり、小国群は全てを灰にされる前にこぞって白旗を上げたのだ。
対して残った北方諸国は帝国の脅威の前に一致団結し、自由国家連合軍と称した同盟を組んで対抗。そこで帝国側に誤算が生じることになる。
辺境に潜む少数民族や、リザードマンやエルフなどの亜人国家までもがこの連合に加わり、想定以上に反抗勢力が膨れ上がったのだ。
一国を攻めれば近隣の同盟国がすぐさま救援に向かう協定が結ばれ、これまでのような勢いに任せた攻勢は難しくなり、第1分隊の進軍速度は徐々に停滞しつつあった。
「大佐。本国より定時連絡の兵が参りました」
「おお、来たか! すぐに通せ」
執務室で退屈そうに机へ肘をついていたオルネストは、副官ガーフィール大尉の報告に声を弾ませた。
現在第1分隊は、直近で落とした連合軍のダルフ要塞を軍事拠点として駐屯し、第2軍本隊の到着を待っていた。
本隊はこれまで第1分隊が落とした国の占領に時間を取られており、到着までにはまだかかる見込みである。
そして要塞の周辺に町はなく、戦線が膠着しつつあることもあってオルネストは暇を持て余していた。
歴戦の猛者ながらも、三十代とまだ若く、刺激に飢えているせいであった。
「失礼します、大佐殿」
「おう。待ちかねたぞ」
伝令が執務室に入ると、オルネストは喜びを隠さずに手招いた。
「こちらが今週の分になります」
伝令が言いながら執務机に広げたのは、各国が発行した新聞の束であった。
「よしよし、ご苦労。こんな辺境じゃ、新聞くらいしか楽しみがねえからな」
並んだ新聞へざっと目を通すと、オルネストは伝令を労った。
「後でゆっくり読ませてもらうぜ。じゃ、本命の報告を聞こう。何か面白いことでもあったか?」
弾んだ声でオルネストが尋ねると、伝令は途端に顔を曇らせる。
「……面白い話ではありませんが、急報です。南方戦線にて、第4軍が壊滅しました」
「なんだと? あのゴルトー少将がいてか?」
信じられないとばかりに聞き返すオルネストに、伝令は頷いてさらに口を開く。
「ゴルトー少将は、一騎打ちにて破れたと報告されております」
「信じられん……詳しく聞かせろ」
途端に真剣な表情を浮かべると、伝令を促すオルネスト。
ベルンツァの悪魔と呼称される凄腕の少女が、一騎打ちの果てにゴルトー少将を無傷で討ち取ったこと。
その後、5万あまりの第4軍をたった一人で相手取り、全滅させたこと。
わずかに逃れた兵の中にゴルトーの副官クレベール少佐がおり、その証言から全て事実であることが確認されたことなどを聞き出した頃には、オルネストは獰猛な笑みを浮かべていた。
「へえ……南は面白えことになってやがるな。そんなやんちゃな小娘がいるなら、俺が行ってお仕置きしてやりたいもんだ」
「いけませんよ、大佐。我々は北方担当です。異動命令は出ていません」
牙のようにも見える犬歯をちらつかせ、殺気さえ放つオルネストへ、ガーフィールが横から釘を刺す。
「わかってんよ。言ってみただけだっての。相変わらず細かい奴だな」
「上官がいい加減なので、下が管理を徹底しなければならないのですよ」
「へいへい。優秀な部下のお陰で楽が出来て、俺は幸せだぜ」
実際楽天家で大雑把なオルネストの部隊は、ガーフィールの補佐がなければ機能しないだろうことは明白であり、否定のしようもなかった。
「ま、とっとと北を制圧しちまえば南に加勢に行けるようになるだろ。おう、ご苦労だったな。こちらからの報告は特にない。下がっていいぞ」
お気楽な台詞を吐きつつ伝令を退室させると、オルネストは真面目な表情を作ってガーフィールに向き直る。
「とは言ってはみたものの、連合軍はちっとめんどくせえ相手になっちまったな」
「まったくです。まずは本隊が到着しないことには兵が足りません。打って出るのは簡単ですが、その間に背後を突かれてはお粗末ですからね」
国を滅ぼしてゆくだけであれば、オルネストが全てを焼き払ってしまえばいいだけの話であるが、後に何も残らなければ侵略の意味がない。三騎将の武力は、あくまで脅しに使うべきなのだ。
しかし連合軍の反抗の意志は固く、もはや火竜の恐怖をも乗り越えている。
こうなると、こちらも兵を揃えて尋常にやりあうのが妥当となる。そのための本隊との合流待ちであった。
「あ~……いっそ首都だけ潰して回るか? 要は民やら農園やらが残ればいいんだろ?」
「大佐はそんな器用な真似はできないでしょう。絶対に周辺の村々も巻き込みますよ。大人しくしていて下さい」
「ちっ……」
「諜報部によれば北方諸国は、民まで帝国憎しで染まり切っているそうですから、頭がもげても反抗は続くでしょうね。丁寧に火種を消していかなければ、占領した後も反乱の恐れが……」
「──失礼致します! 物見より伝令! 敵襲です!」
ガーフィールが丁寧に説明をしようとした矢先に、扉が勢いよく開いて兵が飛び込み急報を告げた。
「ほう! どこの馬鹿野郎だ、俺のいる要塞に仕掛けて来た奴は!」
小言から解放されたことと、退屈が紛れそうだという予感に、不謹慎にも喜び勇んで立ち上がるオルネスト。
「東の湿地帯より進軍してきたリザードマンの軍と思われます!」
「よし、俺が出る! 向かって来る敵は皆殺しで構わねえよな?」
念の為とばかりガーフィールに問う。
「降りかかる火の粉は払わねばなりませんが、くれぐれも要塞を燃やさないようお願いします」
ガーフィールは肩をすくめて同意した。




