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二十二 袋の鼠

 ウグルーシュ帝国第5軍先遣隊司令官、アレスト少将は非常に苛立っていた。


 本国へ早馬を出してはや一週間近く。

 増援の目途こそ立ったが、到着するのはまだしばらくかかるだろう。


 その間公国東の街道を封鎖し続けているが、いつランツ要塞の兵が動き出すかも知れない緊張感に、兵の疲労は蓄積しつつある。


 そこへ隠し砦からの定時連絡が途絶えたという報が入ったのだ。

 これで動じるなというのは無理な話である。


「まさか砦が落とされたとでも言うのか!」


 天幕内で吐き捨てるように怒鳴るアレスト。


「林道の見張りは怠っておらず、砦を落とせる戦力を見逃すはずはないのですが」


 同室していたグリンディールも首を傾げる。


 街道から隠し砦へ抜ける林道は目と鼻の先であり、大規模な行軍があればすぐに露見するはずだった。


「まさか軍が森を抜けたとでも? あり得ん!」


 アレストが苛立ち紛れに机をだんと殴りつける。


 ウォール森林はこれまで帝国の侵攻を阻んできた天然の要害だ。それが出来るようなら、わざわざ隠し砦や林道を造設するような手の込んだ真似はしない。


 しかし仮に砦が落ちたのだとすれば、補給路と退路を同時に失ったことになり、部隊は敵国にて完全に孤立。兵の士気に悪影響を及ぼすだろう。


 顔に焦燥をありありと浮かべるアレストに対し、グリンディールが控えめに声をかけた。


「閣下。まだ砦が落ちたものとは確定しておりません。現在早馬を出して調査に向かわせております。それに仮に落ちていたとしても、増援3万の存在に気付き、制圧部隊はすでに退却しているものと考えます。まだ深刻になるのは早計かと」

「……そうか。うむ……そうだな」


 参謀の言葉を噛み締め、務めて平静を取り戻そうとするアレスト。


 流石に砦一つにこだわって、3万の兵とやり合おうという愚か者はいまい。


「見苦しいところを見せたな、大佐」

「いえ」


 ようやく落ち着きを取り戻したアレストの元に、騒がしく伝令が訪れた。


「急報につき失礼致します! ベルンツァの兵に動きあり! こちらへ向かい進軍を始めました! その数およそ2万は下らないとのことです!」

「ちぃ! 奴ら、とうとう動いたか!」


 片膝をついて告げられた報告に、思わず舌打ちするアレスト。


「数から見て陽動かと思われますが。ランツ要塞攻略前に、悪戯に消耗したくはありませんね」


 グリンディールは、東のベルンツァの兵に気を取られている間に、ランツ要塞の部隊が動くだろうと読んだ。


「しかしここで我等が後退すれば、街道を抜けてランツ要塞の兵と合流されよう。それは頂けんな」


 こちらは増援部隊と合わせても6万。対してランツ要塞には5万の部隊が駐留している。

 攻撃三倍の法則に照らし合わせればこれでも厳しい人数だが、兵と装備の質で押し切る算段であった。


 そこへ2万の兵が追加されてしまえば、数の優位も覆されてしまう。それだけは避けたいところである。


「何、陣地は完全に構築済みなのだ。増援が到着するまで、しばし耐えればよい話だろう」

「閣下が仰るならば」


 グリンディールも反論はない様子で敬礼する。


 アレストは天幕を出て周囲の部下へ聞こえるように声を張った。


「総員傾注! ただちに戦闘配備! 増援到着までの防衛戦に備えよ!」


 そう指示を出し終え、部下達が敬礼をもって返事をしようとしたその時だった。


 北の方角から地面を揺るがすような爆発音が響き渡り、思わず目を向けると、紅蓮の炎が舌のようにのたくり、森を舐め尽くすのが遠目に見えた。


「あれは、砦の辺りではないのか……?」

「は、恐らくは……」


 震える声で呟いたアレストに、グリンディールも信じられないといった顔で答えた。


 あの火勢では砦は全焼。大規模な森林火災によって林道は使い物になるまい。増援の合流は絶望的と思えた。


 この惨状に兵は恐慌状態に陥り、鍋を引っ繰り返したような大騒ぎとなった。


「ええい、静まれ! 静まらんか!」


 アレストは精一杯声を荒げるが、焼け石に水と理解していた。


 何しろ自分自身ですら冷静でいられない。

 それ程の衝撃だったのだから。


 そこへ追い打ちをかけるように、何とか機能していた伝令が走ってきた。


「も、申し上げます! たった今、我が軍の馬車を駆る一団が林道より飛び出し、東へ向かって行きました!」

「何だと!! すぐに追手を出せ! 奴らを生かして返すな!」


 手段は不明だが、砦を落とした公国兵に違いない。アレストは怒りに任せて指示を飛ばしていた。


「は、そ、それが! 手近にいた騎兵隊が止めようとしたところ、一人の少女に阻まれ、一瞬で殲滅されたとのことです!」


 それを聞き、アレストは今度こそ絶句した。


 そして砦陥落の理由も理解する。


「ベルンツァの悪魔……」


 背後に立ったグリンディールが呆然と呟く。


「事実だったというのか……!!」


 アレストは付近の物見櫓によじ登ると、見張りから望遠鏡を奪い取って覗き込んだ。


 そして林道側から陣地へ侵入する、和装の少女を発見した。


 周囲の兵士が慌てて応戦しようとするが、少女が歩いていくだけで次々と首が舞い、兵がばたばたと倒れてゆく。

 少女が剣を振るったのは間違いないだろうが、肝心のその軌跡の一端すら捉えられない。それ程までに凄まじい遣い手だった。


「こ……殺せ! 奴を止めろ!! どんな手を使ってでも構わん! 必ず殺せ!!」


 アレストの頭からは、すでにベルンツァの兵もランツ要塞のことも抜け落ちていた。


 本能が告げている。あの娘を好きにさせておけば、逃げようもなく全滅すると!


 兵達もそれを感じ取ったようで、恐怖を抱えながらも覚悟を決めて、少女一人に総攻撃の的を定めた。


「相手は一人だ! 数で圧殺しろ! 攻め手を緩めるな!」


 怯え混じりだが必死に部隊を鼓舞すべく、アレストの指示がにわかに戦場となった陣地に響き渡った。

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「林道の見張りは怠っておらず、砦を落とせる戦力を見逃すはずはないのですが」  同室していたグリンディールも首を傾げる。  街道から隠し砦へ抜ける林道は目と鼻の先であり、大規模な行軍があれば…
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